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時を動かす 5
タクシーで病院にはあっという間に着いてしまった。kaiが手際よく受付で事情を話してくれ、俺達は集中治療室の前に案内された。
「ここみたいだぞ」
「そうか……」
心臓が飛び出そうにバクバクしだす。意識不明と聞いているが義父の姿をこの眼で見るのは久しぶりだ。あれ以来だ。
あの日……丈と逃げようと約束した日に突然義父が帰宅して、俺をまた抱こうとしてベッドに押し倒された。俺は必死に逃げ最後は玄関のドアに押し付けられるように首を絞められて……あの時の義父の狂ったような表情が忘れられない。
俺は奥歯をキリキリと噛みしめた。
思い切って病室の中に入るとガラス越しに点滴や酸素マスクなど様々な管につながれて、真っ青な顔で横たわっている義父がいた。想像よりも酷い状態だ。
呆然と立ち尽くす俺達の横に、ドクターがやって来て話しかけた。
「あなたが、Mr.SAIGAの息子さんですか」
「……はい」
「良かった。身内の方が誰もいらっしゃらないので、心配していました」
「……そうですか。あの容体は? 」
「彼の手術は成功しました。残念ながら拳銃で撃たれた箇所が脊髄の近くだったため、下半身不随になる可能性が高いのです。ですが少し上部だったら生命も危なかったのですよ」
「あの……まだ意識は戻らないのですか」
「そうなんです。医学的に言えば戻ってもおかしくない状態なのですが。彼には生きる気力がないのか、それとも何か現実に直面したくないものを抱えているのか」
「……」
「身内の方なら、中に入ることが出来ます。今は身内の方の愛情のこもったスキンシップが大切です。どうぞ入られて、お父さまの躰に触れてあげてください。手を握ってあげてください」
「えっ!」
それは無理だ。今すぐそんなこと出来るはずがないじゃないか。
あの手に……俺は何を強要されたと。
ドクターはICUへの面会に必要なガウン・キャップ・マスクを俺の手にポンとのせてくれたが、その重みに心が沈んでしまった。暗く……深く。
「あっ……」
そんなに簡単なことではない。俺には義父にそんな優しい気持ちで触れる覚悟は、まだ出来ていない!綺麗ごとじゃないとはこういう事を言うのだな。自分の浅はかな行為を悔み、また自分がどこまでも情けない。
「すみません。俺、また来ます」
「おっおい!洋どうした?待てよ!」
それだけをやっと告げ、俺は病室から逃げ出した! kaiが俺を呼び留める声が遠ざかっていく。病室の並ぶ真っすぐな廊下を全速力で走り抜け玄関を抜け、病院の中庭で立ち止まった。
一刻も早く外の空気を吸いたかった。あの病室の重い空気に押しつぶされそうになってしまったから。深呼吸して見上げれば、異国の光景が目に飛び込んでくる。
「丈……駄目だ。俺は小さい……どこまでも小さい」
そんなに一度に許すことなんてできないよ。
自分の覚悟の甘さを痛感してしまった。俺が今向かい合う相手は、何処までも重い存在でしかなかった。
「どうしたらいい……丈っ」
広がる景色がどんどん霞んでいく。
馬鹿、泣くな!こんなことで泣くな!
そう自分に言い聞かせるのに、溢れる涙をとめることが出来なかった。
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