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花の咲く音 17

「おい! お前、安志じゃないか」  北鎌倉の駅で下車した途端、後ろから肩をポンッと叩かれた。聞き覚えのある馴れ馴れしい声に、振り返るとやっぱりKaiが立っていた。 「おー安志、久しぶりだなぁ、会いたかったよ」 「Kai! お前、わざわざソウルから来たのか」 「まぁな」  その時Kaiの後ろに、誰か立っていることに気が付いた。  あれ? どこかで見たことがあるぞ。あっこの人は、ソウルで洋と一緒に通訳をしていた人だ。でも何でここに? 何故Kaiと一緒に来たんだろう? 訝しげにKaiのことを見つめると、Kaiがしたり顔で快活に笑った。 「ははっ。この人のことが気になるか。こちらはだな俺の恋人の優也さんだ。よろしくな」 「えっ……こっ恋人って」  唐突な告白だ。えっと……Kaiはゲイなのか。それで彼もってことか。  それにしても何の迷いもなく言い放つのは、Kaiらしい。 「あっあの、はじめまして。でもないのですが、ソウルではお世話になりました。通訳をしている松本優也です。すいません、急にこんな……」  頬を赤く染めて、俯きながらたどたどしく彼が口を開いた。 「優也さんってば、こいつにそんな堅苦しい挨拶は不要だよ」 「えっKaiくんそんな言い方は」  大人しそうな彼は、ソウルで見た時よりもずっと明るい表情で艶めいていた。  それにしてもこんなに綺麗な人だったろうか。清潔な香りのする彼を、Kaiが宝物のように大事にしている様子が微笑ましい。  はーっまったく驚いた。一体いつの間に、Kaiの奴。 「で、お前はひとりか」 「いや、もう先に行っている」 「へぇ。やっぱりいい人がいるんだな。あとで紹介しろよ」 「ふんっ驚くなよ」  俺達は三人で北鎌倉の「月影寺」へ向かった。  初夏の薫風が駆け抜ける坂道を、一歩一歩昇っていく。  爽やかなそれでいて厳かな1日の始まりだ。  幼馴染で初恋の相手だった洋。  君の新しい門出を祝う日だから。  ちゃんと見届けてやりたい。  その気持ちで満ちていた。 ****  花の香りが部屋にふわっと漂った。  白き花は清らかな香りを放っていた。 「涼、ありがとう、凄く綺麗だね」 「洋兄さん、これを取ろうとして岩場から滑り落ちたんだってね。全くドンくさいんだからっ」 「え……ドンくさいって、涼……」  いきなりそんなことを、十歳も年下の涼に言われて苦笑してしまった。 「だって前も川で溺れそうになったし」 「川って? あ……確かに」  そうだ。あれは父の墓参りをした時に無性に丈が恋しくなって……二人で分かち合った月輪のネックレスに触れた時に、そこに付けていた水色のリボンが風で川の岩場に飛ばされて。取ろうと川に入ったのはいいが、慣れない俺は足を取られて溺れそうになったんだ。                  (重なる月 323話『贈り物16』のエピソードより) 「そうだ! 洋兄さん、あの時のリボン持っている? あの水色の」 「ああ、もちろん」 「ちょっと借りてもいい? 」 「うん? どうぞ」  机の引き出しから大事にしまっていたリボンを取り出した。前は月輪のネックレスに取り付けていたのだが、あのネックレスはアメリカで粉々になってしまったのだ。 「ありがとう。ここに結んだらいいと思って。ほらっ綺麗だよ」  涼が手慣れた感じで、白い花をリボンで束ねてくれた。差し出された花も綺麗だったが、涼の抜けるような笑顔はもっと綺麗だった。白い花も涼の笑顔に合わせて可憐に揺れていた。 「涼に似合うよ。その花がとても似合う。涼……あとでもらってくれるか」 「え? いいの…」 「うん、そのリボンも君にあげる」 「……洋兄さん」  俺達には今日から両親が残してくれた指輪があるから。サイズも無事に直せたし、丈とも話あって、指輪をそのまま引き継ぐことにしたんだ。  安志と涼。君たちの道は、この先まだ険しいかもしれない。  でも願わずにはいられない。心の底から愛し合っているのなら、性別なんて関係なしに結ばれて欲しい。  なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの(Something old.something new.)  なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの(something borrowed.something blue.)  アメリカの船上でもらった言葉が響いていた。  厳かな鐘のように、静かに……それでいて力強く。  目には見えない幸せな気持ちを、こうやって伝えていきたい。

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