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花の咲く音 19

 車の運転に集中してしている空のことを、そっと盗み見していた。  空の唇はとても柔らかい。空の眼鏡の奥の瞳は、どこまでも澄んでいて綺麗だ。今まで近すぎて見えなかった部分を知る度に、俺は空のことを好きになっていく。  早く抱き合いたい。  もっと深く繋がりたい。  そういう衝動に駆られることが、驚いたことに何度も繰り返し起きていた。  今まで男に欲情するという経験はなかったから、本当に自分の変化に驚いている。さっきもベッドの中で口づけした甘い感触に、実は下半身が疼いてしょうがなかった。  確かに抱くのは簡単かもしれない。だが……空のことを軽々しく扱いたくない。  男同士で躰を繋げることへの覚悟。  背負っていかないといけないもの。  洋に出逢い、洋の生き方を見て……生半可な気持ちでは出来ないと思った。  俺が空を抱けば、空の人生を大きく変えてしまうことになる。そのことが心配で堪らない。  俺はいつからこんなに臆病な人間になったのか。今までいきがって来た自分が、酷く小さく滑稽に見えて来る。  それでも今日、洋の結婚式を二人で見たら何かが変わるだろうか。  何かを変えて欲しくて、俺は空を連れて参列するのかもしれない。  様々な苦難を乗り越えた洋の生きざまに触れ、俺は変わった。 ****  鷹野宅 「おい、朝からそんなにお洒落して、今日はなんの日だったかね? 」 「あら? あなた、話していたでしょう。今日は洋くんが入籍する日だって」 「えっそうだったか……で、相手はどんなお嬢さんかね? 」 「……んーーそうねぇ…あぁもう時間だわ。ちょっと鎌倉まで行ってきますからね。お昼は冷蔵庫の中に入っているので温めてくださいね」 「あぁそうか…そうだ、安志も来るのか。あいつは全然家に寄り付かないで、洋くんも結婚するのだから、安志にもそろそろいいお嬢さん見つけてもらわないとな」 「そうね、私もそう思うわ」 「そうだ、洋くんに何かお祝いを私からも」 「もうあなたってば。今頃になって……電車に乗り遅れちゃうから今度でいいわよ」 「そうか? でもあっじゃあ……あれなら」  洋くんのこと詳しく話すべきか迷っているうちに、主人は書斎に何か探しに行ってしまった。まぁ……今日じゃなくてもいいかな。驚いてかっとされても困るし男性同士の恋なんて、保守的な主人には、理解できない世界かもしれないものね。  私も物語の世界ならいざ知らず、現実でまさか身近に直面するとは思っていなかったから、そりゃちょっとは驚いたものよ。でもそれでも応援したかった。  洋くんの人生を考えたら……そしてお相手の丈さんの姿を見たら応援したいと心の底から思えたの。彼等は数々の困難を乗り越た上で共に歩んで行く。そう見えたのだから。あの日私には助けてあげれなかった洋くんのことを、丈さんは助けてくれたのよね。  主人には落ち着いた頃にゆっくりと話していけばいい。理解してもらえるか分からないけれども。 「ほら、これを持って行くといい」 「あら、これって……」  主人から手渡されたのは一冊の古びた絵本。これは生れたばかりの洋くんと安志へ、安岡さんから贈られたものだわ。以前洋くんが我が家に来た時、見せてあげたらとても嬉しそうにしていたもの。 (重なる月329話『穏やかな時間』6回想) ーーーーーーーーーーーーーーー この世に生まれたばかりの洋と安志くんへ 二人の未来は輝いている。 二人が仲良く幸せに成長できるように、私はどこにいても見守って応援しているよ。 それぞれ大切なものを見つけて、自分を信じて生きてください。 May your heart always feel this happiness,love and joy. (この幸福、愛情そして喜びが永遠にあなたたちの心にありますように) 浅岡 信二より ーーーーーーーーーーーーーーーーー 「まぁすごく喜ぶと思うわ。でも、いいの? これを渡してしまっても? 」 「あぁもちろんだ、安志には私たちがいるが、洋くんの両親は天国だからな」 「ありがとう。じゃあ行ってきますね」 「洋くんに伝えてくれ『お幸せに』と」 「えぇ、もちろん!伝えるわ」  奥付に書かれたメッセージは、まさにハレの日を迎える洋くんに贈りたい言葉。両親がもうこの世にいない洋くんに、そっと届けてあげたい天国からの言葉のよう。  私は絵本を胸にそっと抱き、鎌倉へ向かう。

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