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完結後の甘い物語 『雨の悪戯 1』

「洋の荷物はこれだけか」 「ん、そうだけど?」 「そうか……まだこんなに少ないのか」 「そうかな? これでもだいぶ増えたよ、特に洋服がね」  結婚式の日に安志のお母さんがいろいろ見繕って持って来てくれたおかげで、一気に服が増えたような気がする。 「そうだな、あのピンクのスーツは特に可愛かった」 「そっそう? あれは……なかなか着る機会がないよ」 「そんなことない。そうだな。あれが着れるようなところに連れて行ってやろう。沖縄や宮崎あたりのリゾートホテルにでも泊まりに行かないか。学会で行ったことがあるがいい所だったぞ。まだ洋と新婚旅行に行ってないしな」 「ははっ丈はロマンティックだな。そして、いつも太っ腹だな、でもリフォームでお金がかかる時期だし、無理だよ」 「洋はそんなこと心配しなくてもいいから、任せておけ」 「丈っ、行くなら俺もちゃんと旅費出すからな」 「分かった。そうしないと洋の気がおさまらないのならしょうがない」  やれやれ、丈は言い出したらきかないところがあるからな。  それにしても俺の仕事も、ちゃんと軌道に乗せたいな。  まだまだ小さなコラムの翻訳や外国のフリーペーパーに英文で日本の紹介文を書いたりという細々とした仕事だけだ。  本腰を入れて職業としていきたい。大規模なリフォーム費用を出してもらうのに、これ以上何もかも丈に頼るのは男として不甲斐ない。丈と暮らすようになってから不思議なことに、ますますその気持ちは強まっている。 「そうだ。母がなんかまた洋に聞きたいことがあるって言ってたな。そのうちメールが届くと思うから、協力してやってくれ」 「うん? いいけど。いい加減に教えてくれよ。丈のお母さんの作家としてのペンネーム」 「知らなくていい……というか知らない方がいい」 「ははっなんだよ、それ。なぁお願いだ。俺も読んでみたい。翻訳とかするにあたり日本の文学作品ももっと読んでおきたいんだ、なっ」  頑なな丈に甘えるように言ってみるが、何故かこのことに関しては効果がないようだ。他はだいたい堕ちるのに。 「そういえば、あの結婚式の翌日のお母さん、随分テンション高かったよな。何かいいことがあったのかな?」 「はは」 「なんだよ。その乾いた含み笑いは」 「大方……いいネタでも入ったんだろう?」 「何それ? 男同士の結婚式なんて、なんのネタにもならないだろ? あっお父さんといいことがあったとか、それとも……うーん、やっぱり分からないな」 「くくくっ、洋は本当に純真無垢だな」 「またっ揶揄うなよ」 「可愛くてたまらないな」 「丈っ」  日曜日の朝。  いよいよ離れのリフォームが始まるので、母屋へ引っ越すための荷造りをしながら、こんなたわいもない会話をした。  俺は丈とこんな風に過ごせるのが、楽しくてしかたがなかった。

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