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『蜜月旅行 57』もう一つの月

 覚悟──  この先へ進むには大きな覚悟が必要だった。  何故なら、本来なら……進んではいけない道へ進むのだから。  強張る躰。  強張る表情。  そんな僕の頬を、流が優しく包んでくれた。  温かい…… 「翠、そんなに緊張するな」 「流……だがっ」 「そんな目でみるな」 「……」 「とりあえず俺達の部屋に行こう」 「……わかった」  流は手際よくテーブルの上のものを片付け始めた。僕はかなりワインを飲んだせいで躰が重たくて、その様子をぼんやりと見ることしか出来なかった。 「さぁ翠、立てるか」 「……無理だ」  扉の向こうでこれから何が行われるのか、想像するだけで震え、腰が抜けたような気分で立てなかった。 「流……僕……躰に力が入らない」 「大丈夫だ。翠はそのままでいろ。ほらっ」  そんな僕のことを、流が軽々と抱き上げてしまった。 「わっ流っやめろ!下ろせ」 「懐かしいな。翠の高校の文化祭のことを思い出すな。翠はあの時は、あいつに抱かれていたよな。俺もずっとこんな風に翠のことを抱き上げてみたかった」 「そんな……大昔のことを」 「さっき丈が洋くんのことを、こうやって抱いていただろう。それで思い出したんだ、あの日のことを」 「流……」  もう大昔の話じゃないか。流が今更そんなことを持ち出すなんて。  高校の文化祭、僕は女装コンテストに出ることになってしまい、巫女の仮装をした。あの恥ずかしいことを今更持ち出すなんて……あんな風に女装をしたのは、あれが最初で最後だ。あれはもう封印した過去だ。  それがまさかこんな風に流に横抱きされ、部屋に運ばれる日が訪れるなんて、夢にも思わなかった。 「あの時の翠はすごく可愛らしかったな。巫女姿が可憐でさ」 「流、お前……やっぱり見ていたのか。こいつ」 「ははっ、それはもう時効だろ」 「はぁ……流は全く」  なんだかあの日の流のことを思い出したら、懐かしさと愛おしさが込み上げて来た。気持ちが高まり僕は思い切って、流の肩に手をまわした。  生まれた時から一緒にいる小さかった弟に軽々と抱き上げられているなんて、とても不思議な気分だったが、何故か落ち着いた気持ちになっていた。 「流、落とすなよ」 「翠……ありがとう」  そのまま部屋に連れ込まれ、ベッドに優しく落とされた。  いよいよだ。  戸惑う心とは裏腹に、先ほど中途半端まで高められた熱が再び蘇ってくるのを感じた。ワインによって躰は既に火照っている。それに気持ちも昂っているのか、心臓もドクンドクンと飛び跳ねている。  薄暗い部屋に挿し込む月明りを頼りに流の姿を見つめると、流は僕に背を向けてTシャツをはらりと床へと脱ぎ捨てた。  月光を浴びる逞しくしなやかな肩甲骨に、思わず息を呑んだ。  その背中に、遠い昔……僕がいくなと縋ったあの人のことを思い出してしまった。 「あっ……」  駄目だ……  無性に泣きたい気分だ。  あの人は去って行ったが、流は僕の傍にいてくれる。方時も離れずに……  それが嬉しくて、涙が滲むのだ。 「どうして……」 「んっ? 翠どうした?」 「どうして……僕たちはまた兄弟で生まれたのだろう」  自然と零れ落ちたのは、どこか悔しさが滲む率直な気持ち。  男同士でも兄弟でもなかったら、こんなに遠回りしなくても良かったのでは……そう思ったから。  上半身裸になった流が僕の腰を跨ぎながら、身をかがめ僕の耳元で優しく囁いた。 「それは……いつも……翠の一番近くにいられるからだ」 ……  いつも読んでくださってありがとうございます。 いよいよ禁断の兄弟愛が深まっていきます。本日更新分の翠の高校時代の女装エピソードは『忍ぶれど』「枯れゆけば 19」とリンクしています。ふたりの辛い前世は『夕凪の空 京の香り』の4章127話以降で詳しく書いています。

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