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引き継ぐということ 27
相変わらず激しい落雷が続いていた。もう明日から九月になるので、夏の終わりを告げる嵐なのか。
何度も玄関の方へ耳を澄ますが、翠さんと流さんが帰宅する気配はない。
この雨だ。葬儀場でそのまま雨宿りでもしているのか。
それにしたって電話くらいあってもいいのに。
もうっ!夕食のトンカツどうするんだよ。
ジジ…ジ……
変な音と共に、先ほどから電灯が付いたり消えたりするのは、落雷の影響か。とにかくおにぎりだけは作ってしまわないと、作業する手を速めることにした。
「さてと用意できたよ。握ろうか」
厚焼き玉子と冷蔵庫に入っていた鮭、それから梅干しや昆布などの具を食卓に並べた。すると薙くんは皿の上の卵焼きを摘まんで、ひょいと口に頬張った。
「あっ!つまみ食いするな」
「へぇ甘くておいしいじゃん」
「……ありがとう。これは母のレシピなんだ」
「……そっか」
懐かしい。高校の頃、安志のお母さんに教えてもらった具が二つ入ったおにぎりの作り方。レシピは母のものだった。母の味が朧げになり忘れつつあった俺にとって、貴重なものだった。
「よしっ!じゃあ作るぞ」
薙くんが張り切っている様子がなんだか可愛くて、おにぎりを早く作るという訳わからない競争をすることになった。俺が作るのは、具が二つ入ったおにぎりだ。卵焼きと鮭の組み合わせが懐かしい。
「なんで具を二つ?」
「これも母のレシピ」
「へぇ……」
薙くんは、もうそれ以上何も聞かずに無言でおにぎりを握り出した。
俺も集中して握ることにした。
****
そうか、翠も俺と同じことを考えていてくれたのか。
「あぁここなら大丈夫だ。誰も来ない」
そう耳元で告げ、翠を安心させる。
「……だが、本当に大丈夫だろうか」
「この雨だ。どんな声も音も……雨が全部かき消してくれる」
翠の顔がかっと赤く染まる。
羞恥に染まっていく翠の顔は官能的で参るよ。
もう待てない。
俺達は求めている。お互いに求め合っている。
その気持ちを伝えたくて、ぐっと顔を寄せ、まだ理性を捨てきれない翠に思いっきり口づける。
部屋の物陰での軽いキスなんかでは、足りるはずがない。
まだ濡れている髪の中に手を潜らせて、梳くように撫でてやる。
翠は静かに目を閉じて、すべてを受け入れてくれる。
長い睫毛だ。いつも翠の寝顔を見ていたから知っている。この漆黒の長い睫毛は、閉じれば美しい顔に影をつくる。
後頭部を抱き寄せるようにして、合わせた唇を深めていく。
「ふっ……あ…」
翠の手が所在なさげにしているので、恋人繋ぎで畳に縫い留めてやる。
翠の白衣の胸へと手を動かし、袷から素肌の胸へと手を滑らしていく。久しぶりに触れるそこは、まだ触ってもいないのに期待に満ちるように尖り出していた。だから指の腹で尖った先端をすっと撫でてみた。
「あっ……んっ!」
一際大きな喘ぐ声が、俺を突き刺す。
おいっ、その声はまずい。
制御出来なくなる!
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