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引き継ぐということ 31
洋の顔色はまだ少し悪かったが意識はしっかりとしていたので、ほっとした。眼を閉じて力なく横たわっている姿には冷や冷やした。
上体を起こしてやると縋るように私の肩に頭を摺り寄せる仕草が、幼子のように可愛くて、胸の奥がくすぐられた。
ずっと一人でひっそりと生きて来た洋にとって、甘えられる存在になれたことが嬉しい。洋はひとしきり自分が倒れていた状況を聴き理解した後、何を言うのかと思ったら……
「あの……トンカツ揚げてくれる?」
突拍子もない台詞に苦笑した。
共に暮らして分かったことがある。洋は家事が得意でなかった。なんというか手つきが怪しい。ぎこちなくて見ていられなくなるのだ。
初めてフライパンで炒め物を頼んだ時も、あっという間に端から焦げて行って、見ているこちらが慌てた程だ。おまけに火傷したり皿やグラスを割るのも日常茶飯事だった。
「いいよ」
そう答えてやれば、心底ほっとしたような笑みを浮かべた。
甘やかしたとは思うがこれでいい。こうやってずっと私に依存して欲しいとも……
精神的には洋も男だから、もっとしっかりしたいと願うのは当然だ。まして洋だっていつまでも出会ったままではなく、20代後半の健全な男性だということを忘れているわけではない。
だが、こんな風にせめて家事だけでもいい。たどたどしい可愛さ、私を頼る部分を……いつまでも残して欲しいものだ。
****
丈と共に台所に戻ると、薙くんがテーブルでおにぎりを頬張りながらテレビを観ていた。俺に気付くと、その手を止めた。
「あっ洋さん、もういいのかよ」
「うん。さっきはごめん、心配かけて」
「別にっ」
照れ臭そうにプイっとまた横を向いてしまうが、本当にすごく親身になって心配してくれたことを俺は覚えているよ。
あっでも待て、そのおにぎりは!! 俺が握った最後の一個を、まさに頬張ろうとしていた。
「待って、それっ丈の分!」
「えっそうなの? 具を二個入れるのって、作んの面倒くさそうだったけど、食べると美味しいもんだな」
「えっ……もう全部食べちゃったの?」
「悪かった?」
「いや……いいけど」
もともと一個は、薙くんに作ったものだった。だが……
ちらっと丈を見ると、案の定ムスっとしていた。丈を怒らすと後が怖い……根が深いのだ。
「そっ……それは丈にくれない?」
「なんでだよ? 丈さん、そんなにこれ食べたい?」
「はははっ、いいよ薙くんが食べて。さて私は揚げ物をしよう」
乾いた笑い声が響いていた。
「それにしても丈、流さんたちと会わなかった? いくらお葬式だといっても遅くないか」
「なんだ……まだ帰ってないのか」
「うん、そうなんだ。雨宿りしているのかとも思ったが、もう雨も小降りだろう。心配だな。俺、ちょっと探してこようか」
「いや、そっちの方が心配だ」
「なんで……」
「兄さんたちは、もういい大人だろう。腹でも減って二人で夕食でも食べて来るつもりでは?」
「……そうかな」
なんだか腑に落ちなかったが、俺もお腹が空いて来た。丈が手際よく揚げ物をするのを見ていたら、腹がぐぅと鳴って恥ずかしかった。
****
流が僕を抱く。
それだけで僕の躰は期待に震えた。
正直に向き合えば、旅行から帰ってからずっと僕の躰は焦れていた。もちろん袈裟を着て仕事している時は、そんな素振り出すわけにもいかないから、苦しい日々だった。
やっと……これで想い煩っていたことから解放されるのか。
そう思うと、流の手が促すままに脚を左右に大きく開き、淫らな姿を惜しげもなく晒すことに躊躇はなかった。
恥ずかしい。
でも欲しい。
気持ちが揺れ動く。
本当に僕はどうしたのだろう。
こんなことをしている場合でない。
母屋では、僕たちの帰りを皆待っているだろう。
「翠、余計なことを考えるな、今は……今だけは俺のことだけを見てくれ!」
意識がそうやって一瞬逸れてしまうと、流は悔しそうに僕の顎を掴んでは、唇を重ねる所から……また繰り返した。
何度も何度も……僕の心が流の色に解けるまで……
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