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振り向けばそこに… 12

「張矢、お前変わったな」 「え?」  午後の診療も終わり帰り支度をしていると、突然話し掛けられた。  振り返ると貧血で倒れた洋を診察してくれた同僚の医師が立っていた。同僚といっても代打でたまに現れる人物なのだが、私は彼のことをよく知っていた。  何故なら同じ医大の一つ上の先輩だったから。外科医として優秀な腕も、同じ県内の医師としてかなり意識している存在だ。 「……そうですか」  至って平静を装って答えるのみだ。 「あぁ柔らかい表情をするようになったな。お前は学生時代はひとりでいることが多かったし、どこか取っ付きにくい所あったからな。医大を卒業して一時は企業のメディカルドクターになったり、突然外国にまで行ったと噂では聞いていたが、今はすっかり落ち着いたようだな」 「はぁ」  突然そんなことを言われて、戸惑ってしまう。  確かに私は幼少時代から二人の兄との間に疎外感を感じ、持って生まれた陰気な性格で、お世辞にも学生時代の人当たりは良くなかった。まさかひとつ上の先輩のところにまでそんな噂が言っているとは……  思わず苦笑してしまった。 「結婚したのか」 「え……」 「いや、そんな雰囲気だったから」 「……まぁそんなところですかね」  多くを語るつもりはない。  私と洋とのことは、簡単には話せない長い長い話なのだ。  時空を超えて巡り逢った相手だ。  そんな話を信じる者はいない。  だが私にそんなことを聞いてくる先輩の方も、昔とは雰囲気が違っていた。 ****  次に目を覚ますと、すっかり日が暮れていた。  あれから丈の用意してくれたスープとパンを食べるとウトウトし出して、結局俺はまたひと眠りしてしまったようだ。  丈がここは安全だと言ったように、この部屋に誰もやってこなかった。  医師として働いている丈の姿を、この目でちゃんと見たのは初めてだった。  丈、素敵だったな。  書斎の横のハンガーには、いつも真っ白な糊の効いた白衣が吊るしてあった。白衣の丈は素敵だ。かつて一緒の会社で働いていた時もよりも、さらに格好良かった。  さっき……俺を診察した時の凛々しい姿を想い浮かべると、胸が焦れる。    待ち遠しい。  俺は丈に抱かれるのが待ち遠しい。  書斎の上に写真立てがあったので覗くと、中にはあのソウルで過ごした家の写真が入っていた。  小高い丘にあった一軒家。あそこには手を伸ばせば月が届きそうな大きな天窓があった。あのソウルでの日々は、今考えるととても不思議な時間だった。  過去との邂逅。  この時代へやってきたのは洋月の君や赤い髪の女性に王様。  おとぎ話のような出来事。  夢のような時間。  どれも日本に戻り平穏な時を過ごすようになると、幻のように思うこともあるが、時が刻むように、一日に一度は思い出し、俺は今もどこかで君たちと繋がっているのを感じるよ。  俺が幸せなら、過去のお前たちも幸せでいられる。  その言葉を信じて、俺は丈と歩んでいる。  あの日、諦めなくてよかった。  あの時手放しそうになった命は、こんなにも強く帆を張るように俺を生かしてくれている。  丈が俺を生かしてくれているとさえ思う……幸せな日々の連続だよ。  夕暮れを背負いソウルでの日々を追憶していると、部屋の扉が静かに開いた。  振り向けばそこには……  丈が立っていた。  俺達は微笑みあう。  言葉のいらない距離にいる。 「洋、帰ろう。私たちの家に」 「あぁ、俺達の家に」  振り向けばそこに…君がいる。 了 あとがき (不要な方はスルー) **** 志生帆海です。今日も読んでくださってありがとうございます。 いつも本文中に、このように作者の気持ちを置いてすいません。 これが私の創作スタイルなのでご容赦くださいませ。 このお話で800話到達しました! (Blove掲載時の話です。こちらは撤退しております) フルコースまで辿りつかなくてすいません(-_-;) 明日以降ぜひネチネチと書かせてくださいね♡ こんなにも長い月日をかけて一つのお話を書き続けられたのは、読んでくださる方がいらっしゃるからです。 このお話はかなり複雑でマニアックで一般受けするようなものではないのに、それでも本棚入れてくださる方。アクセスし毎回読んでくださる方の存在に感謝しております。 それぞれのスタイルでこの「重なる月」の世界に触れてくださり、ありがとうございます。 ひとりでは成し遂げなかった1000文字以上×800話です。 洋もひとりでないように、私も皆さんに支えられて創作活動を楽しませていただいていることを噛みしめ、感謝の気持ちで溢れています。 またこの後もよろしければ妄想の枯れるまでは、ゆったりと自分の道を進みたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いしたします。 おまけです ↓ **** 「ところで洋…」 「何?」 「私は猛烈に腹が減っている」 「……知っている」 「ご馳走はあるか」 「んっ……ちゃんと準備してある」 「おかわりも?」 「……ある」  さぁ、ふたりで帰ろう。  そして、命を繋ぎ合おう。

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