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番外編 安志&涼 『SUMMER VACATION』7
バスタオルを取りに行くはずだった。
なのに青い芝生の上でぶつかった肌色の塊。
尻もちをついて見上げると……さっきまで夏用の道服《どうふく》を着ていた男性だった。
「えっ……またハダカ!!」
どうなってんの? この寺の人たちって!
思わず叫んでしまった。
翠さんはその声に冷静に反応して、慌てて股間を手で押さえた。
えっと……えっと……手で隠したって……今更のような。目のやり場に困るんですけど。
年齢を感じさせない美しい身体だな。ん?今度は手で隠したら収まる程度か。あーもしかしてサイズ同じくらいかな。
という事は……やっぱり安志さんのサイズって、規格外!?
いやいや人様のサイズが気になる自分に、ブンブンと頭を振って邪念を追い出した。
「わっ失礼したね。こんな姿で。君たちが溺れたのかと思って、着替え途中で飛び出して来てしまったんだ」
「あっそうだったのですね。驚かせてすいません。プールの中で洋兄さんと転んだけど、この通りピンピンしていますよ」
「そうなのか、よかったよ」
話していると、バサッとバスタオルが降ってきた。
「なっ何?」
「ほらよ。これ探してんの?」
真夏の太陽を背に立つ逞しい身体つきの男性だ。健康的に焼けた肌に浮かぶ汗が似合っている。
彼はえっと……翠さんの弟の流さんだ。
「あっその……安志さんが裸だったから、せめてバスタオルでもと思って」
「おいおい、日本男児たるもの、そんなんじゃだめだろ。ここは男しかいないんだから、もっと豪快にいこうぜ! いっそのこと全員裸とかさ。ほら君もそんなに着込んで男らしくないぞ。全部脱いじゃえよ」
流さんが今にも僕の水着を脱がそうと、近づいてきた。
「えええーーー!」
今日何度目の悲鳴だろう!
「こらっ流。はしたないことを!」
翠さんがすくっと立ち上がって、流さんに向かって兄らしい凛として面持ちで告げる。
あのぉ……でも、そういう翠さんが真っ裸なんですけど……
芸術的な丸みを帯びたお尻を間近に見つめ、茫然としてしまった。
「兄さんさぁ……その姿で言っても、さぁもう早く隠してくださいよ」
流さんも苦笑していた。どうやらこの人はお兄さんのことが大好きなようだ。
「あっ!」
そこでやっと翠さんは自分の姿を思い出したようで、頬を染めた。
へぇ……天然なのか。ずっと年上なのに可愛らしい人だ。
「流っ、早くそのタオル貸してくれ」
「いやだね。ほら、とにかくプールに入ろうぜ!」
「あっ流、待てよ」
流さんはプールに走り出すと思いきや立ち止まり、よく似合っていた黒いショートボクサータイプの水着を一気に下げ、脱ぎ捨てた。
っていうか……天高く放り投げた。
黒い水着は天高く舞って……木立に消えていった。
****
「涼、どうした?」
涼の悲鳴が聞こえたので慌てて見ると、翠さんと正面衝突してしまったようだ。
最初は、よく見えなかった。涼の陰に隠れて、翠さんの顔しか。でも翠さんがおもむろに立ち上がった姿に、目が点になってしまった。
絶句していると、安志もすぐ横から覗き込んだ。
「へぇ~あの綺麗なお兄さんもやるなぁ」
「馬鹿! きっと着替え途中だったのに、俺たちの悲鳴に驚いて駆けつけてくれたんだよ」
「わっそうか、へへ、悪かったな」
笑うたびに股間もぶらぶら……情けなく揺れている。
はぁお前って奴は……ため息が漏れるよ。
「安志……その少しは隠すとか……恥じらいはないのか」
「だって風呂だと思えば恥ずかしくなくてさ。あー風呂といえば懐かしいな。洋が一時帰国したとき涼と三人で銭湯にいったよな。天使二人に囲まれて幸せだったよ」
鼻の下を伸ばしているので、その背中をぴしゃりと叩いてやった。
「いてっ、なぁ洋も脱いでみろよ」
「はっ?」
「だってさぁ滅多にない機会じゃん。こんなプライベートプール。アッ見てみろよ! 流さんも脱いだぜ。あーあー派手に。水着どっかにすっ飛んでいったぜ」
「ええっ?」
驚いてみれば、流さんまで裸になっていた。
真っ裸!
水着は天高く舞い上がり木立の中に消えていった。
豪快すぎだろ。
これで三人目の裸族だよ。
「くくっ……」
なんだか俺ももうどうでもよくなって、おかしくなって腹を抱え笑ってしまった。
するとプールに次々に裸体の男たちが飛び込んできた。
なんという解放感なんだ!
青いプールに、それぞれの尻が見え隠れ。
解放感に溢れ、気持ち良さそうだ。
涼がいつの間にか隣にやってきた。
「洋兄さん、ここの人たちおかしすぎ。水着をちゃんと着ている方がバカみたいだね。ねぇもういっそ僕たちも脱いじゃおうか」
涼の甘い誘いが、なんだか妙に美味しそうに感じた。
おかしいな。
普段だったら……絶対にこんな風に羽目は外さないのに。
****
今日は珍しいことに外来が時間より早く終わった。
盆休みが近いせいか患者がはけると、病院内はいつになく閑散とした雰囲気になっていった。
「丈先生、今日はもうおあがりください」
「そうか」
「もともと明日からじゃなくて、今日から休みを申請していたじゃないですか」
「まぁね。じゃあお言葉に甘えて帰らせてもらおう」
思ったよりもずっと早い帰宅だ。
この時間なら、まだ皆あのプールで遊んでいる頃かもしれないな。
腕時計を見ながら、自然と頬が緩んだ。
不思議な高揚感だった。
こんな風に夏休みを心待ちにするなんて、幼い子供みたいだ。
いや、子供の頃よりも楽しみかもしれない。
今晩から洋とゆっくり暮らせるので楽しみだ。
洋が私が買ってあげたあのプールで、伸び伸びと過ごす姿も早く見たかった。
足早に白衣を着替え、駐車場へ向かった。
ドアを開けた途端、人とぶつかりそうになった。
「あっ失礼」
振り返った顔にはっとした。彼は代打で来ている先輩だった。
彼は代打でたまにこの病院に来てくれる、私の大学の一つ上の先輩医師だ。
いつぞや洋が貧血で倒れた時に、私より先に洋を介抱した人で、あの件に関しては、若干悔しい思いをした。
目が合うと、余裕の笑みで話しかけられた。
学生時代は難しい顔をしていることが多かったのに、先輩の柔和な笑みに少し驚いた。
「張矢も、もう帰るのか」
「ええ」
「俺もだ」
「先輩……なんだか嬉しそうですね」
「そうか。そういうお前の方が幸せそうな雰囲気だぞ」
「……そう見えますか」
「あぁ、この前会った時から思っていたよ」
急に核心をつかれて照れくさくなってしまった。ポーカーフェイスを装うのも大変だ。
「先輩には何でもお見通しのようですね。実は、これから夏休みに入るので、柄にもなく嬉しいんですよ」
「お前? そんな素直な反応する人間だったか」
「……違いましたね。でも人は変われるものです。環境や状況に応じて変化していくものですね」
「そうか……それもそうだな」
「ええ、あっ私の車は向こうです」
「そうか。俺の車はあっちだから」
「じゃあここで。先輩もよい休みを」
「お互いにな」
少しだけ一緒に歩いてから、先輩とは別れた。
去っていく先輩の背中に、私と同じものを感じた。
大切な人を守りたい。
そんな覚悟を背負った背中だ。
これから先輩も大切な人に会いに行くのですか。
そう聞いてみたくなった。
あとがき (不要な方はスルー)
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さてさて、このコメディタッチの夏の特番もあと少し……かな。
最後の一人が、月影寺に戻っていきます。どうなるかしら?
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