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番外編 安志&涼 『SUMMER VACATION』8
先輩と別れてすぐに車を走らせると、歩道に浴衣姿のカップルが沢山歩いているのが見えた。
今日はどこかで大きな花火大会があるのか……まだ日も傾かないうちから、暑いだろうに。
それでも浴衣というのは涼し気なものだ。
なるほど……今は男性の浴衣も流行っているようだな。
私の洋も浴衣を着たら、さぞかし美しいだろうな。
あんな男どもは目じゃないだろう。
いやあんな女性よりも、もっと綺麗だ。
そうだ……今日は帰宅したら流兄さんに頼んで、洋に浴衣を着せてもらおう。
確か夕凪が残したものがあったよな。
洋のことを考えれば、早く月影寺に戻りたい。
そのことばかりが頭を閉めてしまう。
この病はどんどん深まっていく。
****
山道沿いの駐車場に車を停めて、寺の山門へ続く階段を上がる。
蝉の鳴き声が響く中じっと耳を澄してみたが、ここまで洋たちの声が届いていないのにほっとした。
兄さんたちの新しい住まいを結ぶ中庭は、寺の敷地でも一番山寄りの奥まった場所にあり、贅沢なプライベート空間だ。
あそこでなかったら、プールを出したりしない。
年を重ねるごとに、さらに大人びて艶めいていく洋の肢体を、もう他人には晒したくなかった。
だからこの夏は、まだ海やプールに連れて行っていない。
本当に、何だろうな。
最近私の中の独占欲が更に酷くなってきてないか……去年の宮崎では許せたことが、許せないなんて。
まぁ……自分で原因はわかっているさ。
ここ最近、更に洋が外へ外へと社会的に飛び立とうとしているからだ。だからせめて洋のプライベートな部分は、独り占めさせて欲しいという勝手なエゴから来ているのだ。
一度離れの私たちの家に戻り、荷物を置いてからでもよかったのだが、洋が楽しそうにプールで遊んでいる姿を早く見たくて、そのまま兄たちの中庭へと向かった。
「うわっ!」
深い森を潜るように歩いていると、突然空から黒い落下物があった。
烏か何かと身構えたが、それは私の身体をかすめて、ひらひらと苔生した大地に舞い降りた。
……黒い布切れだった。
「なんだ……?」
怪しげな物体を扱うようにそっと指先で拾い上げ、太陽に透かしてみると、黒いショートボクサータイプの水着だった。
やれやれ、こんなにぴったりとボディをアピールする水着を履くのは、流兄さんしかいないな。
ん……待てよ。何で水着がここに飛んでくるのか。
まっまさか兄さんっ、裸になって泳いでいるのか!
まったく油断も隙もない!
こめかみに手をあてて、嘆かわしいことだと思った。
初心な洋が変な影響を受けないといいのだが……
急に心配になり、私は足を速めた。
「洋、無事かっ!」
****
プールの中は、賑やかだった。
何しろ大の男の裸体が行ったり来たり、水面にぷかぷかと尻が浮き沈みしている。
「ははっ!」
洋の新しい兄弟って、ずいぶんユニークだ。
流さんって、すごいな。豪快な雰囲気で自由奔放に生きている人のようだ。そして一見繊細そうな翠さんは、繊細というより天然なのかもな。でも、天然なのに凛とした長男気質もあるんだから、やっぱり面白い。
一人っ子だった洋には、本当にいい刺激になっているようだ。
洋があんなに腹を抱えて楽しそうに笑う姿は、初めてみたかも。
涼も一人っ子だから、この光景が刺激的なようで目をキラキラさせて憧れの眼差しで見ている。
俺と目が合うと甘く可愛い笑みを浮かべながら……近づいてきた。
「安志さん、僕も水着脱いじゃおうか。ここなら絶対に安心だよね。こんな機会滅多にないし、その、解放的なんだよね、何もつけないって。やってみたいな。いい?」
「え?」
いやいや待てよ。いざそう聞かれると、何かが違うような……
俺の可愛い涼の裸体を、この面々に見せていいのか。
「駄目だ!絶対ダメ!」
「えっ……なんで?」
涼は顔を曇らせた。
「とにかく涼はダメ!」
「ひどいなぁ。じゃあ洋兄さんもダメ?」
今度は頭の中に、洋の裸体が浮かんだ。
あのソウルでの騒動で薬を飲まされ脱力した洋を助け出した時のことを思い出して、ドキッとした。
もう見納めだったはずだ。
だから、これはまたとない機会かも……
純粋にまた洋の裸が見たいという願望が顔を覗かせてしまった。
「洋はいいかも」
「えっ! 洋兄さんはOKで、僕はダメなんて……」
「どうした?涼」
ふくれっ面の涼に洋が兄みたいに話かけている様子が、貴重な光景で微笑ましい。
「ひどいんだよー安志さんが僕はダメだって。でも僕は脱ぎたい。ねぇ洋兄さんも一緒に脱ごうよ」
「え? やっぱり脱ぐのか」
「ってことは、まんざらでもない?」
「うーん……実はちょっと興味がある」
照れくさそうに、洋がそう答えるのは意外だった。
お前……脱ぐ気か……俺は……止めないけど、涼はやっぱり……うぉー迷うな。
いやいや、洋と涼の美しい従兄弟同士の裸体を並んで拝めるって、またとない機会じゃないか。
「よしっ涼、洋と一緒ならいいぞ。特別だ」
俺なんかの許可がいる話じゃないのに、涼は素直に喜んでいた。
「やった! ありがとう! じゃあ洋兄さん、一緒に脱ごう」
「う……ん。だが……ちょっと待って」
洋はプールから身を乗り出し、周りをキョロキョロと見渡した。
「洋、なんだ? あぁ、丈さんの事を気にしてんのか」
「そうだよ。こんなことして……丈に見つかったら怒られそうだから。よしっいないな! じゃあ……丈が帰ってくる前に少しだけな」
洋がとうとう思いがけない行動に出る。
自ら水着を脱ぎ捨てるなんて、今までの洋なら絶対にしない行動だ!
いや……それだけこのメンバーを信頼しているのか。
俺もその一員になれたことが嬉しかった。
相変わらず流さんは5mほどの距離を、水飛沫をあげて行ったり来たりしていて……翠さんは静かにまるで修行するようにプールに佇んで、流さんのことを見つめている。
へぇ……優しい眼差しだな。
そして今俺の目の前では一体何のご褒美か、洋と涼が水着のウエストに手をかけていた!
水中に並ぶと、美しい双子のようだ。
素肌についた水滴すら飾りのように美しくて、眩しい!
はぁ~ここは天国だな。
じわじわと下がっていく水着。
ここまでくると、やはり恋人の姿に目が行くものだな。
俺の涼……彼の若い肢体が目に刺さる。
いつも恥ずかしがるので暗闇で抱いているから、こんなはっきり……くっきり……
おおおお……
水の中の俺の股間が、彼らの信頼を裏切るように、むっくりと起き上がるのを感じつつ……
その時が下されるのを、ゴックンっと生唾を呑み込みながら待った。
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