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安志&涼編 『僕の決意』17

 あの時計の広告に出てから、僕の顔がポスターとなり至る所に張り出されたせいか、サングラスやフードで顔を隠さないと、街を歩くのが困難になっていた。そんなわけで渡されたサングラスをし、念のため安志さんとも距離を取って電車に乗った。  これはちょっとした探偵気分だ。距離を取った分LINEでこっそり会話をする。すると大船駅で途中下車し、東海道線に乗り換えて藤沢に行くという指示を受けた。 「涼、こっちだ」  藤沢駅の改札を出ると、ぐいっと安志さんに腕を引っ張られた。見れば道に沿ってすごい人が歩いている。皆どうやら目的があるようで、僕のことなんて気にする暇もないようだ。  ふぅ……これで、やっと僕も安志さんと歩幅を揃えられた。横に並んで普通に歩けるのが嬉しい。 「安志さん、皆、どこに行くの?」 「箱根駅伝の応援さ」 「へぇ」 「あっそっか、涼は観たことないのか」 「うん、でも中高と陸上部だったから興味あるよ。『EKIDEN』は日本が発祥だって聞いたよ。本場のを観られるなんて嬉しい!」 「うんうん、俺の大学の母校も出ているから、久しぶりに応援したくなってな。まぁこの人混みなら目立たないだろう。みんな観戦に夢中だろうしな」  安志さんも何かスポーツをやっていたのかな。そういえば僕は安志さんの学生時代の話をちゃんと聞いたことがない。今までは何となく聞きづらくて。だって洋兄さんに片思いしていた時代の話だから。  それから人の列に並びながら歩き、今は選手が次々と通り過ぎていくのを、沿道で赤い旗と人混みと歓声に揉まれながら観戦している。 「頑張れー!」 「涼、ちゃんとフード被ってろ」 「あっごめん」  僕の隣で、母校の応援をしていた安志さんと目が合うと、心配そうにダッフルコートの取れかかったフードを直された。  それにしても颯爽と走り抜けていく選手を見ていると、躰がむずむずしてくるな。  猛烈にアメリアで自由に走り回っていた頃が懐かしい。それからセントラルパークの近くでスリにあった安志さんを見かけて、犯人を捕まえようと全速力で走った日のことを思い出す。  あのきっかけがなかったら、空港ですれ違っただけで終わっていたかもしれない。人の縁って本当に不思議だな。 「もしかして涼も走りたくなったのか」 「安志さんも?」 「あぁ、アメリカで一緒に走ったよな。スリを追って」 「今、同じこと考えていたよ」 「涼はさ、少し日本で窮屈な思いをしているんじゃないか」 「そんなことない。確かに街を自由に歩くのが難しくなってきてはいるけれども、僕は僕のままだよ」 「そうか、それを聞くとホッとするな。最近…何となく涼がますます遠い芸能人になったような気がしてな。悪かったな、こんな人混みで見つかったら大変なのに連れて来て」 「何言っているの? 僕はこういう普通のことがしたかったから凄く嬉しいよ」 「そうか。俺は高校の途中まで夢中で野球をやっていて、こうやって選手の真剣な眼差しを間近でみるとさ、なんかこう奮い立つものがあってな。俺も頑張ろう! 今年も頑張うって思えるんだ」 「安志さんは野球をやっていたのか! あーーそれ観てみたかったな。ユニホーム姿、素敵だったろうな」 「いやいや、よせよ。見せれたもんじゃないよ。髪も短かったしさ」 「ますます見たい!」 「ふっ今度な~あっそうだ! また今度実家に一緒に行こうな」 「えっいいの?」 「当たり前だよ。少しずつ……慣らしていかないとな」  何かもっと思うところがありそうな様子だったけど、その誘いは昨日留守番をした僕にとって嬉しいものだった。  思いがけず知る好きな人の過去と、今の僕への想い。一気に心がポカポカと上昇するというのは、このことを言うのか。 「ありがとう。安志さんはいつも僕の心を明るく暖かく照らしてくれるよ」  素直な言葉を口にすると、僕のことを見つめる安志さんも幸せそうな笑顔を浮かべてくれた。僕もにっこりと微笑み返した。  沿道の歓声が遠くに聴こえ、冬の陽射しが届く日向が心地良かった。 「おいおい涼~こんな所でそんな可愛い顔すんな」 「え?」 「今すぐに食べたくなるだろっ、本当に俺は涼が好きで堪らないと、実感するよ」  僕のほうこそ、ここで今すぐ抱きついてキスできないのがもどかしいよ。 「さっみんな通り過ぎたな。そろそろ月影寺に行くぞ」 「そうだね!」  僕たちを結び付けてくれた洋兄さんに、昨日も会ったというのに、また無性に会いたくなった。  今の安志さんを作ってくれたのは、洋兄さんのお陰でもあるんだなと思った。安志さんの長い片想い、決して無駄じゃなかったよ。だって僕はそんな安志さんのことも含めて好きなのだから。    それに気づけたのは、この寄り道のお陰だ。 ****  俺達は箱根駅伝を応援した後、また電車を乗り継いで北鎌倉の月影寺にやってきた。  そのまま洋の新しい家族に昨日に引き続き歓迎され、早い時間からまた酒を飲んだせいか、俺の方もまたもやほろ酔い気分だ。今日は粗相しないように気をつけねば!  それにしても、やっぱり今日も洋が新しい家族に本当に愛されているのが手に取るように分かり、俺も涼も幸せな気持ちで満たされた。  賑やかな笑顔と笑い声が絶えない宴会。理解ある両親のもと、洋も心から明るく朗らかに笑っていた。その様子を見ていた涼が密かに涙ぐんでいた。 「涼……もしかして泣いてるのか」 「あっだって洋兄さんがあんなに笑って。声を出して笑っているから」 「そうだな」  ずっと年下の涼が心配し続けた洋は、今こんなに幸せになった。その様子を涼と一緒に見ることが出来てよかった。 「ふぁ……なんだか洋兄さんの顔見てほっとしたら、猛烈に眠くなってきた」 「じゃあ、もたれていいぞ。俺が部屋まで連れて行ってやるから安心しろ」 「うん……昨日あまりよく眠れなくて……」 「何で?」 「……うん……」  涼は理由は告げず……そのまま眠ってしまった。

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