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慈しみ深き愛 12

 仕事が終わって、すぐ横浜へ向かうことにした。  今日は少し安志くんと飲みたい気分だったので、車は置いて電車に乗った。安志くんの仕事場は横浜のみなとみらい地区なので、海沿いの高層ホテルのバーで待ち合わせた。  ホテルの70階にあるBarの名は『|Pleiades《プリーアディーズ》』  ここは私の隠れ家だ。地上277mに位置し、大きな窓からは月や星が手に取るように見える。いつからか……ひとりでじっくりと考えごとをしたい時に、ふらりと立ち寄る場所になっていた。ここに来るのは久しぶりだ。  私が着席してすぐスーツにネクタイ姿の安志くんも、爽やかな笑顔を浮かべ入って来た。 「すみません。待たせちゃって」 「いや、私も今着いたところだ。君は何を飲む?」 「えっと、生ビールでいいっすか」 「ふっ、もちろん」  ハイクラスのお洒落なバーでも、彼は変に気取ったりせず、飾らない。それが彼の持ち味なのだろう。では私はお気に入りのカクテルにしよう。 「彼には生ビールを、私にはいつものを」 「はい、ブルームーンですね」 「そうだ」  ジンベースにバイオレットリキュールとレモンジュースを合わせたカクテルで、夜空のような色が美しい。 「はぁ……丈さんって、やっぱり洒落ていますよね。そんな名前のカクテルがあるんですね。そもそもこの店の名前は舌を噛みそうで、覚えられなかったですよ」 「そう言うものなのか。この店の名|Pleiades《プリーアディーズ》の和名は星座のスバルだよ。昴といえば分かるだろう? 昴には『統一した、一つに集まっている』という意味があってね、なんだか月影寺のようなイメージで気に入っているのだ。それからブルームーンのカクテルは、洋の雰囲気と合っているからな」 「なるほど、昴ですか。それなら俺にも分かりますよ。カクテルの方は洋の雰囲気ですか。確かに色とかアイツっぽいかも」 「英語でブルームーンは『once in a blue moon』と言って、『極めて稀なこと』『決してあり得ないこと』といった意味を含んでいる。どうだ? 『めったに遭遇しない出来事』『幸福な瞬間』なんて、なかなかいいものだろう?」  そこまでうんちくを話すと、安志くんは髪をポリポリと掻いて、ニヤッと笑った。 「おい、何がおかしい?」 「いや、洋は幸せだなと思って。アイツそういうムードのあるものが好きなんですよ。俺はこの通り、センスのかけらもない奴だから」  確かにそう思う。今日のスーツもまぁ本当に平凡というか……悪くはないがまったく洒落っ気のないスタンダードすぎるものだ。モデルの涼くんが傍にいながら、そう来るかと突っ込みたくなる。だがそれが彼のいいところなのだろう。 「涼にもいつも笑われます。でもそんな所がいいとも。へへ」  涼くんとの関係を惚気だす様子に、悪い奴ではない……もう彼は洋との間の恋(おそらくあったと思う)を、完全に昇華していると、密かに確信した。  どうやら……この安志くんになら、今なら私も素直に教えてもらえそうだな。  少し酒とサンドイッチなどのつまみを食べながら雑談をした。 「……そろそろ本題に入ってもいいか」 「ええ、もちろんっす! なんすか?」 「聞きたいのは、君が知っている洋の過去についてだ。特に知りたいのはお母さんが亡くなってからの暮らしぶり。当時……義父との関係はどのようなものだったのか」 「……あぁ、そこですよね。やっぱり……もしかして……洋に最近何かあったのですか」 「どうやら、洋はその時期の暮らしに強いトラウマがあるようで……実は、正月あたりから頻繁に思い出すようになってしまったようで……心配なんだ」 「え……正月ですか! うわぁ……もしかしてあの時のことが……ううっ……参ったな」  安志くんは、突然、動揺し出した。

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