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慈しみ深き愛 19
「洋、あそこに座ろう」
「……うん」
散々丈と抱き合った俺の腰は、もう限界近くまで疲労していた。電車の揺れが結構腰に来る。ありがたいことに、電車はそう混んでいなかったので、座らせてもらうことにした。
あーぁ、もう歳かな……なんて苦笑してしまうが、いや、やっぱり丈が激しすぎるせいだよ。だが俺の躰はいつだって丈に求められたら泣きたい程に嬉しくて、どんなに疲れていても、丈の思うままに抱いて欲しくなってしまうんだよな。
これって……やっぱり過去からの想いの強さのせいなのか。
もしも目の前から、突然愛する人がいなくなってしまったら……こんな風に抱いてもらうことも抱くことも出来なくなってしまう。
その虚無感が、どんなに深いのか想像がつかない。
俺と丈が結ばれて過去を動かせるまでの日々、君たちの悲しみはどんなに深かったのか。残された人が残された寿命を全うし、ようやく旅立つまでの長い年月……一体どのような気持ちを抱きながら過ごしたのか。
存在しないって……寂しい。
自分ではどうしようもないことだ。
だから、今、俺のすぐ横に丈がいてくれることが、当たり前のようで当たり前ではない出来事だと感謝していこう。
大事にしたい。この日々を……この一瞬を。
「顔色が悪いな。やっぱり今日は洋の家に泊まれば良かったな。あそこはちゃんと私たちが泊まれるようにしてあると言ったのに」
「どうして……丈は……そこまで」
「洋は私の実家の中で、いつも過ごしてくれているが、たまに疲れないか」
「そんな……離れの家も建ててもらったし、疲れるなんて感じたことはないよ」
これは本心だ。
翠さんの優しい心遣い、流さんの躍動的な逞しさ、薙くんの若い感覚……
皆、大好きだ。ずっと独りだった俺の兄弟……なんだ。
「いや……離れの別邸といっても、母屋で食事をすることも多い。洋が積極的に流兄さんを手伝い、毎日奮闘してくれているのも知っている。だからたまには自分の実家で、伸び伸び過ごすのも悪くないだろう。これからは今日みたいに二人で洋の実家に行こう」
「……俺の実家か」
「そうだ。あそこは洋がお父さんとお母さんと過ごした大切な場所だろう」
もう皆いないのに?
いや……違う。確かに……俺の実家になった。
嫌な思い出は……今日、丈が消してくれた。だから今の俺の脳裏に次々に浮かんでくるのは、陽だまり色の優しさに包まれた父さんと母さんの姿だ。今生ではもう会えないけれども、俺の中に朧気になってもいいから、いつまでも残したい大切な記憶だ。
「確かにその通りだな。丈のお陰で素直にそう思えるよ。今日は実家に寄ってよかった。母からの手紙も見つけられたし」
持ち帰って来たのは、母が自分の母に宛てた手紙。
最期まで出せなかった手紙を、俺が届けてあげたい。
俺が息子として、今、母のために出来ることを見つけたのだから。
もういない人……それでもしたいこと。
「なぁ……明日もう一度、あの白金の家に行ってもいいか。この手紙を一刻も早く届けたくて」
きっと祖母はかなり高齢だろう。少しでも早く会ってみたい。
「そうだな。思い立ったが吉日だ。悔いがないようにするといい。ただ……洋は何を言われても、落ち込むな。全部私に話してくれ」
「分かった。そうだよな。そんな都合良く、すんなり行くとは思ってない。それでも……俺は行くよ」
「私が全力で応援している」
丈と話していると……電車の揺れが、次第に心地よくなってきた。
大好きな北鎌倉に、丈と戻る。
それが嬉しくて……
皆にも早く会いたくなっていた。
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