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慈しみ深き愛 20
「そろそろ帰って来る頃か」
雛祭りに合わせて、2月27日が誕生日だった洋くんのお祝いを企画していた。
和室の床の間には雛人形を飾り、献立はちらし寿司や串揚げなどの和食を並べ、なかなかいい感じに仕上がったと満足気に見つめていると、玄関から元気な声がした。
「ただいまー!」
「おっ、先に薙が帰ってきたみたいだな」
そういえばさっき駅前の本屋に行くと言っていた。
「うわっ何? 今日はまたすごいメニューだな、すげぇ美味そう!」
育ち盛りの薙の眼が、キラリと輝く。
「薙、まだ駄目だよ。ほら、まずは手を洗ってこないと」
「はーい、分かってるよ」
翠が父親らしい口を聞くのは、微笑ましいな。そう言えばその台詞、俺も昔よく言われていたよな。兄の顔をした翠からさ。思えば翠は口喧しかったな。
その度に……翠の口を俺の唇で塞いでやりたくなったものだ。
「流もほら、そろそろ着替えて」
「え? 俺はこれでいいだろう」
思わず自分の作務衣を見下ろしてしまった。一度庭仕事した後に着替えたので汚れてないのに、どうして着替える必要があるんだ?
「いや、今日はお前にもきちんとした和装になって欲しくて」
また何を言い出すのかと思ったら……まぁいいぜ。兄さんの頼みとあればなんでも聞く。
「兄さんは、どんな姿がご所望か」
「えっ」
途端に頬を染める翠。なんだよ、自分で言い出しておいてさ。
「その……お前の袈裟姿……また見たい」
へぇ~そう来るか。いい事を思いついた。最近の俺は意地悪だ。ただで翠の頼みを聞かなくなってきている。
「そんなのでいいのか。じゃあ俺からの要望も聞いてくれるな」
「えっ、何?」
翠は自分にも注文が来るとは思っていなかったらしい。甘いんだよな。
「俺は、兄さんの作務衣姿が見たい」
「えっ……どうして、僕の?」
翠がキョトンとした後に、何故か頬を赤らめる。
「なんだよ。駄目か」
「いや……僕は流みたいに逞しくないから、きっと似合わないよ」
「何言ってんだよ。さっさと着替えようぜ」
「何? 流さんが袈裟で、父さんが作務衣。今日は仮装かよ」
隣りで俺達のやりとりを見守っていた薙がクスクス笑うので、和やかな雰囲気が広がった
「楽しそうだな。じゃあ俺も何か着ようかな」
「おう! お前に丁度いいのがあるぞ」
「なに?」
「俺が仕立てた女の着物」
つい薙にそんなことを言ってしまった。もちろん当然断られると思っているが……翠の若い頃を彷彿させるその顔で、俺が作った着物を着て欲しくなってしまったのは、俺の勝手なエゴだ。
「それ面白そう! 流さんの仕立てたものなら、着てもいいぜ」
「えっ! 本当にいいのか」
「仮装みたいなもんだろ。このメンバーならしてもいい」
なんだか妙なことになって来た。
帰国したばかりな上に、丈と寄り道をしてお疲れの……今日が主人公の洋くんに姫の恰好を強請るのは、よく考えたら可哀想だ。
薙が着てくれるのは、洋くんだって助かるしな。
そんなわけで俺達は慌てて隣の部屋で、ごそごそと着替え出した。
「あぁ! やっぱり流の袈裟姿はカッコいいな」
翠が目を細めて、嬉しそうに見つめてくれる。
そうか……最近の翠は、薙が隣にいるのに、そんな甘さを含んだ表情を向けてくれるのか。くすぐたったくも、嬉しい。
そして俺は翠に作務衣を着せてやる。
生憎……翠の作務衣は手元になかったので、俺のを脱いで着せてやった。というか実は俺の着ていたものを直に着せてみたかった。彼シャツって言葉があるだろう。あれと同じことだ。
「あれ? 翠は随分華奢だな。俺のでは胸元がぶかぶかだ」
「う……だから言ったのに……どうせ僕は流みたいに逞しくないよ」
胸元が特にサイズが大きいようで、翠が動く度に生地の奥に可愛い乳首がちらちらと見えるのが気になった。
こっ、これはまずい。いや、ご馳走様というべきか。
そして、薙。
想像以上に似合っていて、翠と共に絶句してしまった。
兄さん……兄さんの高校時代の巫女姿も最高だったよ。でも俺の作った着物を着た姿も、いつか見せて欲しい。
今日のところは、その出血大サービスみたいな胸元で我慢するけどな。
「すごくいいぜ。薙」
「りゅ、流は余計なことを考えてないよな。薙に変な気を起こしてはならないよ」
「はぁ?」
全くこの兄は、本当にどこまでも天然なことを。
俺がよそ見するはず……ないだろう?
俺がどんなに翠を好いていると?
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