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追憶の由比ヶ浜 7
「そろそろ中に入りましょうか」
「そうだね」
もう一度屋内に入ると、翠さんが白い壁にもたれて静かに呟いた。
恥じ入るように、目を閉じて……
「洋くん、今日は……ごめん」
「えっ……どうして翠さんが謝るのですか」
「ここは君の引き続いた大切な家なのに、僕の思い出ばかりが占領して申し訳ない」
翠さんの、あまりに翠さんらしい発言に、胸が切なくなった。
「俺は、翠さんが当時、泣ける場所があって良かったと思っています。流さんとの関係に悩み……苦しかった時期に、涙を流せる場所があって良かったです。そして今、俺の存在が少しでも翠さんの役に立っているのなら、嬉しいので謝らないで下さい」
京都で解明した翠さんと流さんの前世は、耐えがたい別れで終わってしまっていた。
死別という、とても悲しい別れをしたあなたたちだった。
だから今を生きる翠さんは、当時……まだ理由も分からず、この海で泣いたのだろう。互いが互いを求め合いながらも……叶わず……消えていく寂しさを感じて。
「あ、あの……このレコードですか。さっきの話に出てきたのって」
「あ……そうなんだ」
「かけてみましょうか」
「でも、きっと……また泣いてしまうから駄目だ」
翠さんは困ったように眉根を寄せて、首を横に振る。
そんな仕草、一つ一つが大人の色気に包まれている。
流さんが夢中になるのも分かるな。
「でも……今日は……もう、とことん泣いてもいいのでは?」
「……そんな」
祖母が電気もガスも手配してくれていたので、レコードを聴けそうだ。
「かけてみますね」
「うん……」
とても悲しく切ないメロディが、白い診察室に広がった。泣いていいよと背中を撫でてくれるような……囁くような歌声だった。
『※ うるわしき桜貝一つ 去り行ける君にささげん……』
(※ さくら貝の歌 倍賞千恵子)
あ……俺の目からも涙が。
遠い昔のヨウ将軍が医官のジョウを失った時、丈の中将が洋月を失った時……あの日の喪失感がぶつかって、涙となり零れ出す。
「洋くん……僕はね……ずっと流に触れてはいけないと思っていたんだ。僕が近寄ってはならないと。それは遠い過去の別れが尾を引いていたのだね。当時の僕は弟を特別に意識している自分に気付き……それを人知れず抱え込んで苦悩していた。海里先生は、そんな僕の迷える心に寄り添ってくれた」
翠さんが語り出す。哀しいメロディに乗って……
「海里先生には、こう言われたよ……『今を生きているうちに、素直になるのは大事なことだ。思いを伝え合える相手がせっかく目の前にいるのなら……人間の一生は長いようで短い。愛する人と共に過ごせる時間は限られている。悔いのないように生きろ』とね……」
翠さんが突然着ていたシャツのボタンを外しだした。
「え……? あの何を?」
突然翠さんが自分の着ていたものを潔く脱ぎ捨てたので、焦ってしまった。
「洋くん……見て欲しい」
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