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追憶の由比ヶ浜 57
形成外科医の診察を終えて、翠が廊下に出て来た。
その表情は、澄み切っていたので、俺は胸を撫で下ろした。
先が見えた……そんな表情だな。
火傷痕綺麗に消せそうか、良かったな。
「兄さん、診察が終わったのか」
「うん」
「次は何の検査だ?」
「あ……胃カメラを」
「胃カメラ? そんなの皮膚の手術に関係あんのか」
「いや……僕が基本的な健康診断をずっとしていなかったので、丈がそろそろやった方がいいって……なぁ……それって大変な検査なのか、流はしたことあるのか」
俺……二十代の頃、兄さんを恋い慕いすぎて胃を荒らし、胃カメラを飲んだ経験があるとは言えなかった。
全く……いつの世も、俺の愛は重た過ぎるよな。
「……嫌だなぁ」
子供みたいに口を尖らせ、ため息をつく様子が可愛いから、また抱きしめたくなった。
「兄さん、まだ時間あるんだろ。一度部屋に戻ろうぜ」
グイグイと兄さんの袖を引っ張ると、笑われた。
「流は小さい時から、そういう仕草をするよな」
「え? そうか」
自分では意識していなかったが……
「僕と二人きりになりたがっていたんだなぁ」
翠が悪戯気に笑ってくれる。
可愛い兄だった。ずっと……今も……だから独り占めしたくなる。閉じ込めてしまいたくなる。
俺の腕の中に。
個室に戻ってきてすぐに、翠をベッドに押し倒して抱きしめた。
スンと翠の匂いを嗅ぐと、消毒液の匂いがした。
「りゅ、流……なんでベッドに寝るんだよ! もうすぐ検査だって知っているくせに」
「消毒だ」
「何を?」
「さっき、見知らぬ男に素肌を見せたからな」
「な……何を言って? 形成外科医の先生だよ。丈もいたし」
「先生は、きっと翠に見惚れただろう」
翠が微かに動揺した。
やっぱり!
翠の端麗な顔、美しい体つきは性別を超えて、人を魅了するのだ。
それを俺はよく知っている。
「流……なぁ、肝心の話を教えてくれよ。胃カメラを飲むのって辛いのか。胃カメラって大きいのか」
必死に聞いてくる翠の様子が可愛くて、今度は揶揄いたくなった。
可愛い存在に、男は弱いのさ!
「翠、安心しろ。俺のよりは小さい。うん……俺のに比べたら極小だから余裕だ」
「へ?」
翠がキョトンとする。
可愛いな、その目を見開いた表情もいいな。
「な……何の話?」
翠は半分気付いているのに認めたくないようで、変な汗をかいている。
「先に練習していくか」
翠の手を誘導し俺の股間にあてると、翠はポンっと音が出るほど赤くなった。
「ば……馬鹿っ!」
これを思いっきり翠の喉元に突っ込んで、翠が苦しげに目尻に涙を浮かべるのを見たいような、見たくないような。
翠はどこまでも崇高な存在だから、そんなことさせられないし、させたくないような。
「りゅ……流の……どんどん、おっきくなってる」
「あ、よせ、もう喋るな。俺が個室から出られなくなる!」
とりあえず俺は妄想だけで勃つ!
「ふっ……じゃあ……練習してから行こうかな?」
翠がそんなこと言うなんて!
「絶対に駄目だ!」(俺って一体……??)
「くすっ、それはまた今度にしよう。今度二人きりで旅行にいく機会でもあったら、頑張ってみようかな」
「夏休みがいい! 夏休みに箱根に二人で行こう!」
子供みたいに強請っていた。
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