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それぞれの想い 4

「洋くん、わざわざ今日は悪かったね、元気にやっているかい?」 「先生、お久しぶりです。はい、あの……突然なんでしょうか」  由比ヶ浜に行った翌日、俺は懇意にしている洋書翻訳の先生に突然呼び出された。最近は医療系ライターの仕事依頼が多かったので、ソウルから帰国後お世話になった先生の家を訪れるのは、久しぶりだった。  先生は……俺の父、浅岡信二の大学時代からの友人だ。 「実はアトリエの整理をしていたら、昔……浅岡から渡された洋書が見つかったんだ」 「父から?」 「いつだったかな。ある日、古びた洋書を興奮した顔で持ってきたよ。いつかこれを翻訳してみたいがどうかという相談だったんだ」  先生から渡されたのは英国の短編小説のようだった。 「学生時代に夏休みをロンドンで過ごし、入手した本らしいよ」 「そうなんですね。父のことは殆ど記憶にないので嬉しいです。英国に行った経験があったなんて、それも知りませんでしたから」 「とにかく、一度読んでご覧。英国貴族の家に雇われていた家庭教師の青年と、貴族の家で働く庭師の少年との道ならぬ恋の果てのような物語で、苦しいが救いもあって、素晴らしい内容だったよ」 「あ、はい」  ん? 青年と少年? それって……もしかして同性愛の話なのか。  先生には俺の事情はまだ話していない。しかし父さんの関係で、そんな話を読むことになるなんて不思議な縁だ。 「洋くん、君は……」 「はい?」 「いや、何でもない。そうだ、これを持って行きなさい」 「わ、いいんですか」 「昨日、実家から沢山送られてきたんだ。有明海の海苔で巻かれた豆菓子で美味しいよ。君の大切な人と一緒に食べるといい」 「ありがとうございます。この本をお借りしても?」  すると、先生は不思議そうに笑った。 「それは浅岡の忘れ物だよ。だから息子の君が持って行ってくれ。翻訳する気になったら一報を。君はもう立派な翻訳者だよ。私の助手でなく自分で本を出せるレベルだからね」 「あ、ありがとうございます」  先生に、洋書と豆菓子をいただいて帰路についた。  北鎌倉からバスに乗り山門前に着いた所で、後ろから声をかけられた。 「洋さん!」 「薙くん、今帰り?」 「そ、部活の帰り、もうすぐ引退だよ~ あぁ腹減った」 「あ、おやつをもらったんだ。食べる?」 「食べたい! 早く早く!」  薙くんに手を引かれ、山門を一気に上らされた。 「ちょっと待って、俺……」  身体が弱いのは相変わらずで、貧血のせいで息切れがする。 「あ、ごめん! オレ……また」 「いいって、お水……持ってる?」 「このまま帰ると、皆に怒られる。そうだ茶室で休憩しよう」 「え?」  薙くんって、なんかこうパワーがあるので逆らえない。  という理由で、翠さんと流さんのための離れの一角、茶室に俺たちは潜り込んだ。 「怒られないかな?」 「大丈夫だよ。父さんも流さんも、洋さんには異常に甘いから」 「そんな」 「それより、水、汲んできたよ」 「ありがとう」  グラスの水を飲み干すと、動悸も収まったきた。 「悪かったよ、この通り。だから……そのおやつ食べさせてくれない?」 「ははっ、食いしん坊だね。じゃあ一緒に食べようか」 「やった」  見渡すと茶室は一足先に完成していたようで、もう茶道具なども置いてあった。 「あ……俺の道具まである。使ってもいいのかな?」 「大丈夫だよ。あるんだからOKさ」  薙くんは……翠さんとよく似た儚げな顔立ちなのに、口を開けば流さんのような物言いだ。 「うーん」 「洋さんのいれたお茶を飲みたいな、ダメ?」  わ、今度は翠さんのような頼み方を…… 「いいよ、一緒にお茶をしよう」 「やった! 洋兄さん、サンキュ」  しかも、とどめの一言だ。 「薙くんは、頼もしいよ」 「そうかな? どこでも生きていけるよう、逞しくなりたいと心掛けているせいかも」 「うん、それは人生において大事なことだ」  そんなことを話しながら、スティック型のお菓子をふたりでポリポリと食べた。 「美味しいお菓子だな、海苔がパリパリで」 「そうだね。ここは落ち着くね」 「いろんなこと話したくなるよ」 「じゃあ流さんに頼んで、またお邪魔させてもらおうかな」 「洋さんって、結構可愛いよね。そのお邪魔って洒落にならないかもよ」 「え? そんなことないはず?」(自信がなくなってきた)  流さん、流さんと連呼したところで扉が突然開いて、流さんがふらりと現れたのだから、薙くんとくっついて思いっきり叫んでしまった。 「で……っ、出たぁぁ!」    

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