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それぞれの想い 28

「翠、『青年僧侶の会』は、いつものように『夕月院』でいいのか」 「あっ、それが変更になったんだ。今朝、急に連絡があって」 「ん? 聞いてないぞ。そうだったのか」 「う……ん」  翠が目を急に泳がす。  まったく分かりやすいな。今度は何を隠している? 「どこだ?」 「あの……『建海寺』に変更になったんだ」 「おいっ! どうしてそれを先に言わない?」  車の中で声を荒立てると、翠がシュンとしてしまった。俺はまだ……すべての元凶の場所を警戒してしまう。 「ごめんな……流に心配かけて」 「それで、大丈夫なのか」 「うっ、だから、ついて来て欲しい」  よし、かなり素直になったな、翠。 「了解! よく考えたら寺にはまだ父さんと母さんがいるから、今日は翠の付き人に徹するぞ」 「ありがとう、心強いよ」 「礼は不要だ。俺が心配でついていくんだ」 「自分ではもう大丈夫だって思うのに、ここが疼いてしまうんだ」  翠が左胸を押さえ辛そうに目を閉じると、美しい横顔に長い睫毛が揺れていた。 「でも流がいてくれるから、大丈夫そうだ」 「いつも傍にいるよ、翠」 「ありがとう、流」  桜貝のように色づくのは、翠の頬。  朝一緒に眺めた桜貝のことを思い出していた。   「洋くんに分けてもらって、翠にもアクセサリーを作ってやるからな。さっきの白詰草の指輪の礼をしたい」 「本当? 流はセンスがいいから、楽しみだよ」  翠は穏やかな笑みを浮かべてくれた。 「この胸の傷が無事に消えたら、僕はもっと自由になれる。待っていてくれ」  自分に言い聞かせるように、翠が静かに呟くのが切なかった。  翠は何も悪くない。一方的に植え付けられた傷を背負い……20年近くも踏ん張ってきたのだ。  俺が全力で守ってやる。もうこれからは何があっても、翠の傍から離れない。  建海寺の駐車場には、黒い袈裟姿の坊主が立っていた。 「あ、達哉だ!」 「本当だ。わざわざ翠の出迎えか」 「……いや、たまたまだよ」  翠はそう言うが、違うと思うぜ。  達哉さんが明らかに申し訳ない顔で近づいて来た。 「翠……良かった。流くんが付き添いだったのか」 「達哉、急な変更で忙しかっただろう?」 「ごめんな。ここは避けたい場所だろうに」 「……大丈夫だよ。流もいるし、僕だって少しずつ前進している」 「そうか……なら、よかった」  そういう達哉さんの方が顔色が悪いようだが。 「達哉さん、どうかしたのか」 「え……あぁ、実は……拓人が朝から腹が痛いって寝込んでいて、ちょっと気になるんだ」 「拓人くんが? 医者に診せたのか」 「いや、あいつ大丈夫だって言い張っているが、尋常じゃないような気がして」 「なんだって? ちょっと俺が会ってもいいか」  なんとなく嫌な予感がした。 「流くんが……? 分かった。頼む。間もなく合が始まるし困っていたんだ」 「流、僕からも頼むよ。僕は大丈夫だから拓人くんのことを頼む」  こういう時の翠は大丈夫だ。誰も近づけないような住職としての気高さで満ちている。凜々しい翠も好きだぜ。  さて拓人くん、一体どうした?  丈と連絡は取れるし、俺には応急処置の心得もあるのでとにかく会ってみよう。我慢強い子だから心配だ。君だって……まだまだ親に甘えたい年頃だろう?   

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