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それぞれの想い 29

「流くん、悪いな。拓人は突き当たりの自室で横にならせているんだ」 「……分かりました」 「流、辛そうだったら、すぐに丈に連絡して」 「あ……翠、俺が一緒にいなくても大丈夫か」 「……あぁ」    緊急事態なのが分かっているらしく、翠は凜とした表情でコクリと頷いた。  今は誰も寄せ付けない気高き僧侶の顔だ。  隙を見せない優美な佇まいに、蹴落とされそうになる。  流石だ! だからこそ俺の翠だと感嘆の溜め息を漏らした。    さてと、心配なのは拓人くんの方だ。  翠と達哉さんと別れて、長い廊下をグングン突き進む。  ここか……。  かつての子供部屋、ここは元凶の地だ。  まったく達哉さんはいい人だが、少しだけ抜けているよな。  この寺は和室ばかりで、ここだけが洋間だった。だから子供部屋にうってつけなのは分かるが、俺と翠にとっては不快な場所だった。 「ふぅ……」  翠がこの場にいなくてよかったと胸を撫で下ろした。  トントンとノックするが、中から返事はない。 「拓人くん? いるんだろう?」 「うっ……」 「おい? 大丈夫か」 「だ……れ?」 「月影寺の流だ。薙の叔父だ」 「あ……はい。ちょっとお腹を壊しちゃったみたいで……昨日の飯、美味し過ぎて食べ過ぎたかな? ははっ……」  力なく扉の向こうで笑っているが違うな。明らかに辛そうな声だ。 「おい、入らせてもらうぞ」 「えっ」     拓人くんは上は制服のシャツ……下はパジャマ姿のまま、布団に蹲っていた。  どうやら着替えようとして急な腹痛に襲われたらしく、みぞおちを押さえて変な汗をかいている。  ただの腹痛ではないな。  咄嗟にそう判断した。   「おいっ、いつから我慢していた?」 「す、すみません」 「謝るな! 俺には何でも話せよ、なっ」 「大丈夫です」 「そんなに強がるな。君はまだ15歳……本来なら辛い時は親に甘える年頃だぞ」 「うっ……でも、達哉さんに迷惑をかけてしまう」 「馬鹿! 我慢されて悪化したら一大事だ! みんな君を心配している。もっと自分を大事にしろよ」  そこまで諭すと、漸く拓人くんの瞳から涙が零れた。  まだまだ子供の泣き顔だった。 「さぁ、何所が痛い? ここか、こっちか」 「……最初はここで、今はここがすごく痛いんです」  みぞおちから痛くなり、徐々に痛む場所が右下に下がってきたようだ。 「うっ……痛っ……」 「しっかりしろ」 「うっ」  胃の辺りを押さえて、目を瞑っていた。どうやら熱も少しありそうだ。  これはもしかして? 「よし、病院に行こう。君のかかりつけ医は?」」 「……ないです。こっちに来てから医者には通ってません」 「そうか。薙のもう一人の叔父は医者だ。連絡してみよう」  ところが丈は電話に出ない。病院にかけると、手術中だった。こんな時、開業医でいてくれたらと思ってしまう。 「救急車を呼ぼう。ハッキリとは分からないが……盲腸の可能性も高いんだ。我慢し過ぎて悪化させてしまったのかも」 「そんな……救急車なんて呼ばないで下さい、今日は大事な集まりがあると聞いています。お願いです」  涙をボロボロこぼして訴えてくる。  切ないよ。切ない…… 「いつから痛むんだ? 正直に話せよ」 「昨日から少し……」 「よし。俺に掴まれ。丈が勤める病院に連れて行くから」 「すみません」 「健康保険証はどこだ?」 「ここに」 「よし、いい子だ」  肩を支えてやればなんとか歩けたので、俺の車に乗せた。  おっと、翠に連絡をしないと。  そう思ってスマホを取り出すと、後から声がした。 「流、その必要はないよ」 「翠!」 「僕も付き添う」 「青年僧侶の会はいいのか」 「達哉は会場提供の主催者だから抜けられない。だから託された」 「よかった。じゃあ丈の病院に連れて行こう」 「うん」  翠を建海寺に一人で残していくのも不安だったし、拓人くんのことも俺ひとりで支えきれるか不安だったので、助かった。 「兄さん、ありがとう」 「流、よく判断したね。あとは兄さんに任せておけ」  今は兄と弟でいよう。拓人くんが落ち着けるように。 「拓人くん大丈夫だよ。もう大丈夫……大人がついているから、安心して」  翠の穏やかで優しい声が、後部座席から聞こえる。 「う……っ、うっ……」 「ずっと痛いのを我慢していたんだね。偉かったね。もう我慢しなくていいよ」  慈悲深い翠の声に、拓人くんがとうとう嗚咽した。  とても幼い声だった。 「お……おかあさん、おなか……すごくいたいよ……助けて」  泣けてくる! あとがき(不要な方はスルー) **** 今日は、シリアス展開だったので、少し補足させてください。 流の見立ての結果は、明日の展開までお待ちくださいね。このことがきっかけで拓人が壁を打破していく話を書きたくて、頑張っています!

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