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託す想い、集う人 16

 俺から丈へキスすると……まるで呪いが解けたように、心がふわりと解放された。  同時に、白薔薇の屋敷、その中庭に声が集まってくる。  天上から地上から……もうここにはいない人の……穏やかな声が聞こえる。  母さんの声も! 「洋、あなたを通してママに花嫁姿を見せてくれてありがとう。ずっとずっと、そうしたかったの。ママ……ママ! 聞こえる? 私よ、夕よ。ママ、大好き、愛してる! 洋は私と浅岡さんとの宝物、洋を愛してくれてありがとう。私も再びママに抱かれているように……今、満たされているわ」  母さんの幸せそうな声は、ハープの演奏のように煌めいていた。 「雪也……お前を残して早くに逝ってしまってごめん。天上から海里先生といつも見守っているよ。ユキと春子ちゃんの仲睦まじい日々を……そして海里先生と僕の遺志を引き継いでくれる人が現れて嬉しいんだ。大好きな僕の弟、ユキのことをいつまでも見守っている。そして丈さんと洋くんの航海も……ずっと見守っている」  雪也さんのお兄さんの声は慈愛に満ちていて、やはり俺と丈の守護神のように感じた。更に、海里先生の声まで聞こえた! 「丈くん、ありがとう。俺の診療所を引き継いでくれて……君のお兄さんと話している時から、こうなるような不思議な予感がしていたんだ。君たちらしく自由に羽ばたき、自由に泳いで欲しい。君たちだけの人生をのびのびと謳歌出来る場所だよ。由比ヶ浜の洋館は!」  俺と丈が自由に過ごせ……輝ける場所。  心に響く!  輪廻転生を終えた俺たちが辿り着く場所は、希望岬! 「洋……声が聞こえるか」 「あぁ、丈にも?」  丈が俺の肩を抱き寄せ、その場にいる人に宣言した。 「私と洋は、ここに改めて生涯のパートナーとなり、互いに支えあって生きていくことを誓います」  拍手喝采!  その場は、祝福の泉となった。   そのまま、ガーデンパーティーは披露宴会場のようになり、大いに盛り上がった。  桂人さんが次々に運んでくれるご馳走はどれも美味しくて、勧められるがままにワインを何杯も飲んでしまった。 「洋くん、さぁ、飲んで飲んで」 「あ、はい」 「私ね、夕ちゃんとお酒を飲むのが夢だったのよ。それも叶えてくれてありがとう」  春子さんもとても嬉しそうだった。 「洋、ほどほどにしないと。それ以上飲むと、帰れなくなるぞ」 「ん、そうかも……眠い」 「あぁ、やっぱり」 「ふぁぁ……」  欠伸をひとつしたところで、記憶がなくなった。  今は……ふわふわな繭に包まれているような安心感。俺は勾玉のように丸まって、浮遊感に身を委ねている。  次に目覚めた時には、ふかふかなベッドの上に丸まっていた。 「え?」  ここ、どこだ? 全く心当たりがなく慌てて窓の外を見ると、もう夜で先ほどまで皆で集まっていた中庭が道の向こうに見えた。 「えっと……」 「まぁ、ようちゃん。起きたのね」 「え? おばあ様!」 「くすっ、あなたってば、酔っ払って大変だったのよ」  まったく記憶にない……! 「ベッドで寝たいと幼子のように駄々を捏ねて、困った子ね」 「え? す、すみません」  わ……丈と二人の時のような素を見せてしまったのか。恥ずかしい! 「いいえ、とても嬉しかったわ。まだ帰りたくないって言ってくれてありがとう。だから……あなただけ居残りで一泊することになったのよ」 「そうだったのですか」  月影寺の皆が気を遣ってくれたのかもしれない。何故なら……それは……心の底で望んでいたことだから。ようやく巡り逢い許し合えた祖母と、ゆっくり語り合ってみたいと願っていたから。 「もう目覚めた?」 「はい、あの……この部屋は?」 「ここは夕の部屋よ、当時のままにしてあるの」 「母さんの……」 「たった18年間……いいえ、18年間も過ごした部屋よ、自由に使ってね。あなたは夕の息子なんだから」  だから先ほどから心地良かったのか。  母の気配に囲まれていたから。 「洋、月乃家にようこそ。改めて……あなたを歓迎するわ」 「おばあ様、どうか母さんの話をして下さい。俺……聞きたい、俺に思い出を下さい! 俺に残っている思い出は……少なすぎるのです」    

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