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ある晴れた日に 14

 洋が分けてくれたオレンジ色の花束は、私の感涙によって色を変えた。  不思議ね、花弁の外側が朝霧色になるなんて!  すぐに私のもう一人の娘、快活な長女、朝の顔が浮かんだわ。 「……朝も元気にしているかしら? 涼もすっかり大きくなったでしょうね」  つい、独り言を漏らしてしまった。  殆ど帰国しない夕の姉、朝の家族は今頃どうしているのかしら? 涼が三歳の時に渡米してから、数年に一度しか会う機会がない。ニューヨークに朝の様子を見に行きたかったのに、厳格な主人は許してくれなかったわ。だから涼のイメージも子供のままなの。  長女と私の関係には、夕が出て行ってからヒビが入ってしまった。  駆け落ちした夕をすぐに探さなかったのを、朝はずっと怒っていた。朝は月乃家に嫌気がさして、『婿養子と資金援助という最低限のことは長女の責任で負うから、あとは自由にさせて欲しい』と、外国に潔く飛び立ってしまった。だから滅多に連絡もくれないのも、仕方が無いのよ。  結局、私達は月乃家の体面ばかり気にして、二人の娘を犠牲にしてしまったのね。  主人亡き後、私には苦い後悔だけが残ったの。  思い返せば寂しい人生だったわ。夕を失ってから光を失ったのよ。   「あの……おばあ様。今、涼って言いました?」 「そうよ。もしかして洋は涼と交流があるの?」 「えぇ、実はニューヨークで母にそっくりな人と偶然会って、それが母の姉だと知りました。それが縁で、俺が日本での涼の身元引受人になっています」 「なんですって? じゃあ涼は今、日本にいるの?」 「……そうです。あの、俺、余計なことを言いましたか」 「いいえ、あなたには罪がないわ。罪があるのは私の方だもの」  そこまで話すと、洋は膝をついて私の手をやさしく握りしめてくれた。 「おばあ様、心配しないで下さい。今度は涼も連れて、ここに遊びにきます。涼は俺にそっくりなんですよ。楽しみにしていて下さいね」  この仕草、この口調……どうしても夕を思いだしてしまう。  私が落ち込んでいると、いつもこんな風に励ましてくれたわ。  病気がちで家にいることも多かったせいか、感受性が豊かな優しい娘だったの。  私の手を握って『ママ、どうしたの? 元気がないわ。ねぇ夕に話して……ママ、大好きよ』と囁いてくれた声が聞えるわ。あなたのこと……宝物のように大切にしすぎて道を間違えて、ごめんなさい。 「おばあ様、後悔より目の前を、どうか俺を見て下さい」 「そうね。ようちゃんに出逢えた喜びを大切にしないと」  もう間違わない。夕が命をつなげてくれた洋という存在は、年老いた私にも見える確かな希望だもの! 「そうだわ。ようちゃんと丈さんに、お土産があるのよ」 「なんです?」 「今日はここに泊まったら? せっかく二人で東京に出てきたのだから」 「え?」  私が会員になっているホテルの宿泊券のことを思いだした。毎年使い切れずにいたので、この若い孫とそのパートナーにプレゼントしたくなったの。 「素敵なホテルなのよ。たまには二人きりで、ゆっくりしたらどうかしら?」 「おばあ様、とても嬉しいです。丈、いいのかな? どうしよう?」 「洋、喜んでいただこう」  あら? 丈さんの印象も、どんどん変わっていく。  最初は冷静沈着で表情に乏しい人なのかと失礼だけど思っていたのに……彼が笑うとドキッとするわ。ようちゃんが彼にベタ惚れなの分かるわ。 「ようちゃん、あなたの彼氏さんは美丈夫さんね、カッコイイわ」 「お、おばあさまってば!」  頬を朱に染める孫の頬を、そっと撫でてあげた。 「ねっ、楽しんできて、ようちゃんの幸せが……私の糧になるわ」 「おばあ様、ありがとうございます」 「じゃあ、予約を取ってあげるわね。優先枠があるので、当日でも大丈夫よ」  そのままの格好でお行きなさい。  とてもクラシカルな洋館のような内装で、海里先生と縁があるホテルよ。  まるでおとぎ話のような時間を、もう少し味わって欲しいの。  夕が亡くなった後、あなたの背負ってきた荷がどんなに重たかったのか、ひしひしと伝わって来たわ。  だから……年老いた私に出来るのは、あなた達にありったけの幸せな時間を贈ること。    

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