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ある晴れた日に 15
「翠、丈と洋くんは、今日は都内のホテルに泊まってくるってさ」
夕食後、流が少しだけ羨ましそうな口調で教えてくれた。
「そうか、たまにはいいんじゃないかな? 洋くんはこの寺に閉じこもってばかりだし、丈と一緒なら心配いらないね」
「まぁ、それはそうだが」
流が何か言い足りなさそうだ。
「どうした? 何でも話してくれ」
「いいのか」
流が僕を満ちた目で見つめるので、ドキッとしてしまった。
視線が熱いよ、流。
絡め捕られそうだ、お前の腕に。
「あっ、もしかして、流も行きたいのか」
「行きたいに決まっている! たまには場所と状況を変えて翠を思いっきり抱きたい」
「な、何を言って……もうお前はいつもそればかり」
あからさまな欲求をしたら駄目だ。
僕の胸も、期待に膨らみ高鳴ってしまうから。
「ならば……約束しよう」
「いつ? いつ行く?」
「……僕が手術を終え、身体の状態が落ち着いたら、流と二人きりの旅行に行こう」
「ん? 夏休みに二人きりで温泉に行く予約ならもうしたぞ」
「そうじゃなくて……そうだなクリスマスの頃に、都内のホテルに泊まるのはどうだ?」
「ほっ、本当か! 最高のクリスマスプレゼントになる!」
流がご機嫌になる。それが嬉しくて溜まらない。
寺の年末年始は忙しいが、夜、泊まりに行って、朝には戻ってくれば問題ないだろう。何より流の喜ぶ顔をもっともっと見たいのだ。
「流、あの……それで……今日は離れに行こうか」
「だが、いいのか。明日は平日なのに」
「ん……僕もお前に触れてもらいたくなったよ」
胸の火傷痕を消す手術が、いよいよ五日後に迫っている。皮膚移植をするので、手術後は傷が完全に癒えるまで、流に抱かれることは無理だ。
だから僕の方から求めてしまう。
流と肌を重ねるのが生活の一部になっているから、流が欲しくなる。
「翠……いつになく積極的だな」
「こんな僕は……変か、嫌か」
「嫌なはず、ない!」
流が僕の手を掴んで、強く引き寄せてくれる。
「翠に暫く触れられなくなるのは辛いが、我慢する、だから今日は沢山触れさせてくれ」
「いいよ……流の好きなようにしてくれ」
****
「ようちゃん、またいらっしゃいね」
「おばあ様、楽しかったです」
祖母の手を包み込むと、祖母の方も俺の手を優しく包んで撫でてくれた。
この俺が、丈以外に自分からスキンシップを求めたことがあるだろうか。
両親亡き後、俺に触れてくるのは卑猥で悪意の籠もった手ばかりだったのに。
こんなに優しく愛おしく触れてもらえるなんて、肉親の情をひしひしと感じていた。
「ようちゃんはいい子よ、可愛いわ」
子供のように頭を撫でられ、照れ臭さと懐かしい気持ちが交差する。
俺の中の母が喜んでいるのだ。
「待って、ハイヤーを呼ぶから、車で行きなさい。抱えきれない程の薔薇とようちゃんと丈さんの美貌は目立ち過ぎるでしょう」
祖母は少女のように微笑んで、見送ってくれた。
「洋、なんだか緊張するな」
「なんで?」
「今日の洋は、どこかの国の王子様のようで高貴過ぎる」
「ふっ、何を言って? 俺は俺だ……俺のことは丈が一番知っているだろう」
「そうだな」
「それに……丈だって……今日のダークスーツが似合い過ぎて、薔薇の花を抱えて来た姿、目に焼き付いている」
俺たちはハイヤーの後部座席でそっと手を繋いで、肩を寄せ合った。
おばあ様の言った通りだ。
まだ続いている。
まるでおとぎ話のような時間が――
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