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ある晴れた日に 16

ハイヤーは、ホテルの正面玄関に停止した。  すぐにドアマンが駆けつけてドアを開けてくれたので、先に丈が降り、俺も続いた。 「いらっしゃいませ……お……きゃ……」    抱えきれない程の夕霧色の薔薇を抱えた俺がふっと顔を上げると、ドアマンはそのまま頬を赤らめて絶句してしまった。 俺と丈をマジマジと見て、そのまま固まっている。  あっ……どうしよう?  やはりこんなにクラシカルな衣装、変だったか。それともこの薔薇が目立ち過ぎるのか。  更に通りすがりの人やベルボーイまで足を止めて、俺たちを凝視してくるので、俺はそのまま薔薇の中に隠れたくなった。  慣れていないのだ。注目を浴びることが、ずっと怖かったから。   「じょ……丈。皆が見ている」 「洋、怖がるな。しっかり顔を上げて堂々としていろ。今日の君は……どこかの国の王族のようだ」 「はぁ? それはないだろ?」 「いや、あながち嘘とは言い切れないぞ、王子様」  珍しい丈の砕けた言葉に気持ちを立て直し、勇気を出して顔を上げた。  今まで俺が浴びてきたのは、いつも卑猥な視線ばかりだった。  服の奥まで透視されているような気色悪い視線に耐えられず、目立たないように顔を隠し、身体のラインを隠すことが多かった。  だから……こんなに華やかな衣装で抱えきれない程の花束を持って、ホテルの正面玄関に降り立つのは、生まれて初めてだ。 「洋……その調子だ。君はとても美しい」 「そ、そうか」  丈の声以外にも、祖母や母の声まで聞こえてくるようだ。 『そうよ、ようちゃん、顔をあげて……あなたの美貌は私達譲りよ。誇りに思って』  私達の美貌って、ふふ、おばあ様も母さんも何だか楽しそうだな。  あれ? なんだか少し楽しい気分になってきた。 「洋も、少し笑ってみろ」  不特定多数の人に笑いかける? そんなことは、したことがない。 「モデルの涼くんのように、ニコッと笑ってみるといい」 「あ、あぁ」    丈に甘く耳元で囁かれ、普段絶対にしないことをした。  顔を上げて辺りを見渡して、口角をあげてみた。 『お母さん、おばあ様、どうです? こんな感じですか。あなたたちから譲り受けたものを生かせていますか、今日の俺は……』  きゃあ、きゃあ! すっごくカッコイイ!  ブルジョワ~  どこかの国の王族? 日本人ではないよね?  エスコートしている彼もカッコイイ!  絶対、貴賓室のお客様よね。   ざわめきの中から、とんでもない妄想の声が聞こえてきて、照れ臭くなった。 「洋、もう行くぞ」 「どうだった? 俺……」 「……」 「……目立ち過ぎだ」    丈の声は何故かブスッとしていた。 「丈、まさか怒っているのか」 「いや……予想以上の反応だ」 「丈のことも褒めていたぞ?」 「洋には敵わない」 「へ?」  丈がこんなんことで張り合うなんて意外で、微笑ましくなってしまった。  永久に……俺は丈のモノで、丈は俺のモノだ。  だから心配はいらない。  部屋に行けば、お前に抱かれるこの身体だ。 「洋のおばあ様はすごいな。この宿泊券は……エグゼクティブフロアでチェックイン出来るそうだ」 「そうなのか」  二人は特別なフロアに宿泊する。  こんなに華やかな時を、丈……お前と過ごしたことがあったろうか。  そう思うと、ずっと顔を上げていようと思った。  奢っているのではない、ただ、もう顔を上げようと思ったのだ。  これは、俺と丈の人生だろう?  二人で幸せを噛みしめて歩んでいく時だから。  愛しているという言葉では足りない位、丈を愛しているから。   **** 「流、今日は一緒に風呂に入らないか」 「翠、今日はどうした? いくらなんでも積極的過ぎるぞ」 「……駄目か」  離れの脱衣所で、ギュッと流を抱きしめた。 「翠……どうした? 手術が怖いのか」 「ん……それもあるが……その……暫くお前と抱き合えないのが……とても辛い」  心のままに伝えると、流は言葉に詰まっていた。 「信じられない……翠がこんなに俺を求めてくれる。翠……直球過ぎるぞ」 「ぼ、僕だって男だ。欲しいものは欲しいんだ!」 「ううう、もうそれ以上言うな。ヤバイ……」 「えっと……今は、ふ、風呂に入るだけだよ?」 「可愛いな、翠……それだけで済むはずないのに」  流に逆に抱きしめられ耳朶をペロッと舐められると、心を擽られているようで、過敏に震えてしまった。

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