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身も心も 11

 助手席に翠を座らせて、シートベルトをつけさせた。 「さぁ、行くぞ」 「……」  返事がないのを訝しむと、翠が突然シートベルトを解いた。 「何を?」  一瞬何が起きたのか分からなかった。  ただただ……愛しい翠の顔が焦点が合わない程近づいて、視界を塞がれてた。  今……唇を重ねられたのか。  柔らかい感触に驚いた。  俺から仕掛けるのが常なので、翠から積極的に与えてもらう口づけは、いつもより甘く感じ、同時に照れ臭いものだった。 「翠……」 「流、そんなに驚かなくても……顔が赤いよ」  そうか、暑いと思ったら、俺は赤面していたのか。  翠の口づけひとつで、心が躍り出すんだ。  翠を抱きしめると、心細そうに俺の胸に頭を預けてきた。  不安がっているのだ、口には出さないが。  だから、もう一度、口づけを深めてやる。  舌と舌を絡ませ濃厚に。  抱きしめる翠の肩ごしに、庭の八重桜の花びらが舞っているのが見える。  もっと降り積もれよ。  フロントガラスを埋め尽くして、俺たちを今だけ……視界から消して欲しい。  そんなことを願いたくなってしまった。  それほどまでに愛おしい人。 ****  入院手続きを済ませ個室に入ると、翠が不安気に呟いた。 「流、僕は何をしたら?」 「パジャマに着替えるんだよ」 「あ、そうか」 「危なっかしいな、荷物整理をするから待っていろ」  荷物を解いてロッカーに詰めていると、俺のジャージが出てきた。  本気で着るつもりなのだな。  洗濯しても落ちた気がしないぞ。  俺の匂いが染み付いているジャージは、照れ臭くも嬉しい物だった。 「さぁ、これに着替えて」 「ん……」  一番肌触りの良いパジャマを着せてやると、翠が物足りなさそうな顔をした。 「どうした?」 「……寒いんだ」 「……上を羽織るか」 「そうしたい」  おいおい、そんなに嬉しそうな顔すんなよ。    また押し倒したくなるだろう。    前回のような検査入院ではない。  明日、手術をするのだから、安静にしないとダメなのに。   でもさ……上質なパジャマにボロボロのジャージ姿って、心配だな。  看護師から余計なことを突っ込まれないといいが。  そんなことを考えていると、白衣姿の丈がやってきた。 「翠兄さん、どうですか」 「丈!」 「ん? そのジャージは?」  目敏いヤツ……余計なことを突っ込むなよ。 「どうして高校のジャージを? 兄さんならもっといいモノを持っているのに」 「これが、いいんだよ」 「あっ、そうか……」  お! 気付いたな。  ポーカーフェイスを崩さないところが憎たらしいな。 「いいですね。不安な時に大切な温もりは……」 「良いことを言うね。丈、いよいよ明日だね」 「はい、ベストを尽くします」 「ありがとう、引き受けてくれて……身内の手術は緊張するだろうに」 「どうか頼む」  翠がそっと丈の手を握ると、丈は一瞬、驚いた顔をした。  お? 珍しく狼狽えて赤面しているな。  まるでさっきの俺のようだな。  翠はもしかしたら、天然のたらしでは?  フツフツと疑念が湧くぜ。 「これ……とても着心地いいんだ」  ほ・ら・な! 「よく似合っていますよ」  おっと、丈もやるな。  

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