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身も心も 13
朝、翠さんを見送ってから、なんとなく落ち着かない気分だった。
翠さんがいないせいか、月影寺にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。
「丈の奴……今日に限って……随分遅いな」
時計を見るともう21時近くなっていた。夕食に何か作ろうと思ったが気乗りせず、夕方からベッドに横になっていた。
気怠いな。
丈のいない離れに、いつになく寂しさが募る夜だった。
丈と由比ヶ浜の診療所で、早く一緒に働きたいよ。
今頃……大船の病院で兄弟三人、集まっているのか。
俺は末っ子のように可愛がってもらってはいるが、所詮血のつながりはないから、蚊帳の外の気分だよ。
兄弟っていいよな、本当に憧れるよ。
あぁ、もうっ―― 俺はこういう所が、何も進歩していないと思う。
不貞寝に近い状態で、布団を頭まで被って目を閉じた。
もう眠ってしまおう。
寝れば、こんなモヤモヤとした気持ち、全部忘れられる。
洋……お前はこんな寂しさ、慣れっこだったじゃないか。
母さんが亡くなってから、ずっとひとりだっただろう?
一人の方がましだと思っていたくせに!
丈……まだか。
俺……悪い夢を見そうで、怖いんだ。
こんな時は、こんな日は。
「丈っ!」
我慢出来ずに声を上げてしまった。
そのタイミングで部屋の明かりが灯った。
「洋? どうした?」
丈の声が聞こえた途端、耐えていた涙が、ほろりとこぼれ落ちてしまった。
「うっ、う……」
「洋? どうして泣いて?」
「それは……丈が遅いからだ!」
丈がベッドに腰掛けて、俺の背中を布団の上から優しく撫でてくれた。今すぐ抱きつきたいのに、意地っ張りな俺にはそれが出来ない。すると丈がふわりと布団ごと持ち上げて抱きしめてくれた。
「洋……洋も月影寺の一員だ。さぁ一緒に母屋に行こう」
「俺も行ってもいいのか」
「当たり前だ」
「丈っ、嬉しいよ」
こんな時は、幼子のように布団から這い出て抱きついてしまう。
「丈! ありがとう」
「ふっ、洋は急に子供みたいに甘えるんだな」
「うっ五月蠅いな」
「いや、可愛いよ。私は洋の全てになりたいから、いろんなカタチで愛してくれ」
「そういう所、丈らしいな。急に元気が出てきたよ」
「良かったよ。さぁ行こう」
丈がいつになく明るい笑顔で、白い歯を見せて大きく笑ったので、驚いた。
「えっ!」
「どうした?」
「そんな笑顔……見たことがないから」
「洋に見せたかった」
「ん……悪くないな。丈の明るい笑顔」
「惚れ直したか」
「いつも惚れているよ」
****
「洋くん、待っていたのよ~」
母屋に上がった途端、丈のお母さんに手を引っ張られた。
「こ、今度は何です?」
だってお母さんには前科がありすぎるから、警戒心でいっぱいになるよ。
「見つけたのよ、頼まれ物」
「は? 俺は何も頼んでないですが」
「あぁ、そうそう丈からの頼まれ物よ。あの子は寮生活だったから、当時の荷物は納戸の奥に押し込んでしまっていたから、探すの大変だったのよ」
「えっと……話が見えないのですが」
「だから、これよ! これ!」
お母さんが箪笥から、意気揚々と取り出したのは!
えっと、それって体操着?
どうして今更……ジャージ?
それって、誰の?
「母さん、よくぞ見つけてくれました」
隣で丈がニッと微笑んでいた。
先程とは打って変わって、とても怪しい笑みだった。
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