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身も心も 31

 空を見上げていると、突然呼ばれた。  横を見ると、白衣の丈がポケットに手を突っ込んで立っていた。 「兄さん!」 「あぁ、丈か……さっきはすまなかったな」 「いえ……私でお役に立てたのなら」  丈が笑ったので、俺も釣られて笑った。  もうバレバレか、俺たちが個室の中で何をしていたのか。  思わず肩を竦めるが、丈はさして気にしていないようだった。 「もう診察の時間か」 「入っても、いいですか」 「もちろんだ」  特別室は想像以上に広い。  ベッドの中で多少の艶めいた声を漏らしても、扉までかなり距離があるので、外には聞こえないだろう。  シャワーに洗面台、ソファに至れり尽くせりだが、アレがないんだよな。 「なぁ丈、この特別室は最高だな」 「ありがとうございます」 「だが一つだけ、忘れてないか」 「あぁ、迷ったのですが……付き添いのベッドなら、今回は置きませんでした」 「やっぱり、泊まっちゃダメなのかよ」 「……特別室のベッドは通常の病室よりも広いので……あっ、今のは聞かなかったことに。医師として推奨しているわけでは、けっしてありませんからね」   おいおい、どうして丈が顔を赤らめる?  案外可愛いところも、あるんだな。 「丈、お前の気遣いは充分に伝わった」 「ちなみに、この部屋は特別室なので付き添いの寝泊まりは自由です」 「早く言えよ、コイツ」   肘でつついてやると、丈が笑った。  そんな明るい笑顔を見せるなんて想定外で、ぽかんと口を開けてしまった。 「丈……お前、さては今度洋くんをここに連れ込もうと? 職権乱用だぞ?」 「そ、そんなことしませんよ。想像はしましたが」 「ははっ、俺たちの思考回路は一緒なのか」 「いやですよ」  笑いながら中に入ると、翠が背もたれを起こしたベッドにもたれながら、柔和に微笑んでいた。  こちらもいい笑顔だ。 「流と丈、楽しそうだね。兄さんも混ぜておくれ」  兄の顔をしたがる翠も好きだから、嬉しくなる。  それだけ術後の経過がいいってことだろう? 「兄さん、具合はどうですか」 「ん……だいぶいいよ。もちろん傷は痛むが、それよりも気分がいい」 「良かったです。その調子なら、付き添いの寝泊まりの許可を出せそうですね」  丈がもったいぶって言えば、翠は目を見開いて驚いていた。 「えっ、い、いいのか。手術の後だからダメかと……付き添いのベッドもないし諦めていたんだ」  あーもう、可愛いことばかり口走る兄が愛おしい。 「意図的ですよ。すべて」 「ん?」 「いえ、こっちの話です。さぁ傷の確認をさせてください、その前に血圧と熱を……」  丈が血圧測定をしようとすると、翠が今度は困った顔をした。 「あ、あのね……血圧が高いかも……それから身体が火照ってるから熱があるかも……でも、その具合が悪いんじゃなくて、その……」  あー、もう聞いてられないぞ。 「大丈夫です。兄さん、落ち着いてください。全て察しています。口に出さなくていいです。その分は考慮しますから」  こんな医者がいてはならない。だが、こんな医者がいてよかった。  弟だから、丈だから。  お前の存在は、唯一無二だ!

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