1371 / 1585

身も心も 36

流さんは付き添いで宿泊するので、洋さんと一緒に電車で帰ることにした。 「薙くん、お父さんの退院が決まって本当に良かったね」 「ありがとう」 「翠さんも元気そうで良かったよ」 「父さん、柔らかい笑顔だったな」 「うん、手術が無事に終わり、ホッとしているんだろうね。俺も嬉しいよ」 「……」  洋さんにはお父さんがいないと聞いているから、こんな風に言ってもらうのは申し訳ない。 「薙くん? あのね、俺に遠慮しなくていいよ。むしろ見せて欲しいんだ」 「何を?」 「薙くんがお父さんと仲睦まじく過ごす姿をさ」  本心だと思った。 「オレ……長い長い……遠回りをしていたみたいだ。父さんに悪いことをしたよ」 「気づけたのなら、道を修正すればいいよ。まだ間に合うよ。あんなに素敵なお父さんは滅多にいないよ。大事にしないとね」 「うん、そう思う」 「理想だよ……翠さんみたいな人が俺の理想なんだ。だから夢を見せて欲しい」  熱心に語る洋さんの美貌は、あまりに気高い。  洋さんって、時々触れ難い時がある。  脆く壊れそうで心配になる。 「洋さんも月影寺の一員だろ? もう父さんの一番下の弟だよ」 「あ……ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいよ」   そうだ、それが安心だ。  父さんや流さん丈さんの輪の中にいれば、洋さんも自然に笑えるんじゃないかな。父さんも我慢ばかりしていたけれども、もしかして洋さんも? 洋さんって父さんと同じ雰囲気を纏っているから、そう思うのかな? 「薙くん、俺ね……父親を交通事故で早くに亡くしているんだ。その後母が再婚して……新しいお父さんは出来たが……その、上手くいかなくてね」 「そうだったのか」  確かそのお母さんも若くして亡くなっていると聞いている。それから、ずっと天涯孤独だったんだな。   「だから翠さんと薙くん親子を見ていると、俺ももし父さんが生きていたら、こんな関係だったのかなと想像して嬉しくなるんだ。だから遠慮はいらないよ」 「分かった」  遠慮するのは性ではないから、巻き込めばいい。  もっと洋さんに懐いてみようか。  一応月影寺のメンバーの中では一番若いんだし! 「前も言ったかもだけど……洋さんはオレの兄さんみたいだよ」 「あ……うん、ありがとう。薙くんがそんな風に思ってくれるの嬉しいよ。俺ね、こんなんだから友人も少ないし……」 「洋さんも……もっと笑って欲しい。今の父さんみたいに」 「あぁ、そうしたい。翠さんも……丈も変わった。だから俺も変わりたい」 「あ、じゃあさ、寄り道しない?」  なんとなく滅多にない時間なので、真っ直ぐ帰るのが勿体なくなった。   「もしかして月下庵茶屋?」 「そう! ほらあのお寺の小坊主くん……」 「あぁ小森くん?」 「そうそう、なんだかさ、父さんがいなくて……最近ひもじそうなんだ」 「ははっ、流石翠さんの息子だ。気が利くね」 「じゃあ行こうよ!」  洋さんに対して、同級生を誘うように声をかけると、心から嬉しそうに微笑んでくれた。 「俺も最近あんこが好きになったんだ。小森くんの影響かも!」 「オレも!」  たまにはこんな寄り道もいい。  人に関心が持てなかったオレだが、父さんが変わっていくのを見たら、変わりたくなった。きっとそれは洋さんも同じなんだろうな。    

ともだちにシェアしよう!