1372 / 1585

身も心も 37 

「小森くん~ そろそろおやつの時間よ。こっちにいらっしゃい」 「あ、はい!」  翠さんのお母様は、三時になると欠かさず、僕におやつを下さる。  たぶん入院中のご住職が、しっかり申し送りして下さったからだ。 「さぁさぁ座って。今日は鎌倉大川軒のレーズンサンドよ」 「……わぁ、ありがとうございます」 「珈琲とお紅茶、どちらがいい?」 「えっとお紅茶で」  でも、おやつにあんこが一度も出ないんだ。  贅沢なんて言えないけれども、昨日はシュークリーム、一昨日はチーズケーキ、あぁん……もう何日もあんこを口にしていないよ。 「ぐぅ……」 「あらあら可愛いことね。お腹空いているのね。じゃあ沢山食べなさい」 「あ、ありがとうございます」  ひぃ……どうしよう! 「ところで小森くんって、今何歳になったの?」 「今年で二十歳になりました」 「まぁ、もうそんなに? 確か中学卒業してすぐに翠に弟子入りしたのよね」 「はい、そうです」 「よく見たら、子リスみたいに可愛い顔をしているのね」 「子栗鼠!」 「もうお年頃なのね。誰かお見合い相手でも探してあげましょうか」 「ぶほっ!」  紅茶を吹きそうになりましたよー! な、何を言うんですか。 「え! 駄目……駄目です。そんなの絶対に駄目です。僕には……ぼ、僕には」  あーん、こんな時なんて言えばいいのですか。    流さーん!! どこですかぁ~! 「あらあら、そんなに照れなくても。ねぇ、いつでも私を頼ってね」 「……え、えっと……」  蚊の鳴くような声になってしまったですよ。 「じゃあ、これ全部どうぞ」  お皿の上に山盛りになったレーズンサンドを見つめて、ふぅっと溜め息をついた。 「ただいまー あれ? おばあちゃん、オレのおやつは?」 「今、居間で小森くんが食べているから、薙も一緒に食べなさい」 「はーい!」  翠さんの息子の薙くんは、大の洋菓子党だ!  よかった~これ、食べてもらおう。  僕は甘い物大好きですよ。でも……あんこ党なんです。  大奥様~ ごめんなさい。  ご住職さまが入院中で、流さんもその付き添いでバタバタしているので、僕は最近残業続きです。この1週間、あんこに会えていないのですよ。  しょぼぼん。 「あ? 悪い? まだ食べるんだった?」 「い、いえ、どうぞ、どうぞ」 「ひもじそうな顔をしているから」 「ひ・も・じ・い!」  そうか、僕……ひもじいんだ。  あんこが恋しいですよ~! ****  月下庵茶屋に入ると、おばあさんが店番をしていた。   「あらぁ~ようちゃんね。そっちはすいちゃんにそっくりね」 「あ、翠さんの息子さんです」 「あぁそうだったわ。何度か来たことあるわね」 「はい」 俺と薙くんは、顔を見合わせて笑った。 「洋さん、何を買う?」 「確か……翠さんはいつも小森くんにこのお饅頭を買っていたよ」 「じゃあこれを……ひもじそうだったから十個かな」 「あ、俺が出すよ」  薙くんを見ると、薙くんもひもじそうな顔をしていた。  こんな時って、誘っていいのか。俺は友人と寄り道なんて、ろくにしたことないから分からないよ。  安志以外……気軽に寄り道する友人なんて出来なかった。いつも周囲に警戒ばかりして、あの頃の俺は本当に孤独だった。自ら孤独を選んでいたんだったな。  だが今は違う。尊敬する翠さんの息子、薙くんが俺を兄のように慕ってくれる。寄り道しようと誘ってくれる。  だから……歩み寄りたい。俺からも。 「薙くん、何か食べていこうか」 「いいの? でもオレ今月小遣いピンチ!」 「ふっ、この位、奢ってあげるよ。この前翻訳の仕事が入ったからね」 「やったー! オレ焼きうどんがいい!」    てっきり翠さんの好物の『白玉あんみつ』を食べたがるのかと思ったら、豪快に『焼きうどん』なんだ。  薙くんって、見た目は翠さんなのに、中身はやっぱり流さんだ。 「ここの美味しいんだよ、洋さんも食べようよ」 「そうだね、俺も焼きうどんにしてみようかな」 「やった! 一緒だな」  一緒か。  何だか胸の奥が、くすぐったい。    憧れていた世界に足を一歩踏み入れたような、ときめきを感じているのだ。  今日の出来事は、あとで丈に報告しよう。    俺も歩み出していること、お前に伝えたい。 あとがき(不要な方はスルーで) **** いつも読んで下さってありがとうございます。 今日の前半、小森くんの話は、『幸せな存在』で書いた『湘南ハーモニー』と番外編『恋ころりん』を踏まえています。未読の方は申し訳ありません。小森くんの恋の相手、実はちゃんといるのです💓      

ともだちにシェアしよう!