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身も心も 38
目の前でモリモリと焼きうどんを頬張る薙くんを見て、流石15歳、育ち盛りだなと感心した。
「洋さん、もう食べないの?」
「あ、うん、少しお腹いっぱいになってしまってね」
そう答えると、目を丸くされた。
「えー! この程度で?」
「そうかな? あ……でも今日は完食したいな」
いつもなら残してしまうところ、何故か全部食べてみたくなった。
「トライするのはいいことだよ。洋さんは、きっと胃が小さくなっているんだよ」
「そうかもしれないな」
俺が薙くんの年齢の頃は……
母が亡くなり数年経った頃で、誰も暖かい食べ物を作ってくれなかった時期だ。
自分でも何か作ろうと思ったが不器用だったし教えてくれる人もいなくて、義父から渡されるお金でコンビニやスーパーで弁当を買っていた。
だから、食欲なんて湧かずに、少し食べては残しての繰り返しだった。
あの人がいる週末は、指定された服を着せられ、豪華なレストランに必ず連れて行かれた。
向かい合わせに座ると、真っ直ぐにあのねちっこい視線を浴びることになり、やはり食欲が失せてしまった。
成長期に必要な栄養を、しっかり取れなかったツケかな?
背だって172 cm以上は伸びなかった。実父はかなり背が高かったのだから、もっと伸びても良かったのに。
「そういえば最近貧血は出ない? 出会った頃、急にぶっ倒れて焦ったよ」
「あ、そういえば、だいぶ良くなったかも」
「それこそ丈先生に治療してもらえばいいじゃん」
「え……」
「父さんだって治してもらったんだ。洋さんの貧血も良くなるんじゃないかな?」
「そうだね」
そんなこと考えたことなかったな。
でも、もう治療されているのかもしれない。
丈はいつも離れで、俺のために温かな料理を作ってくれる。
野菜をふんだんに使ったミネストローネは、毎朝の定番だ。
昼食も俺が翻訳の仕事で離れに籠もる時は、色鮮やかな弁当を作ってくれる。
夜も疲れているのに、出汁から丁寧に取った味噌汁や煮物まで出してくれて、至れり尽くせりだ。
そして夜になれば俺を抱き、身体の芯から温めてくれる。
身も心も、 骨まで愛されている。
「洋さん、何ニヤついてんの?」
「え? いや、これは」
頭の中で考えていたことを覗かれたようで、赤面してしまった。
「あ、えらい! 完食じゃん」
「あ、本当だ」
あれ? 何だか俺の方が年下みたいだな。
「ねぇ、駄目かな?」
そろそろお会計をしようと思ったのに、薙くんが甘えた声を出す。
「もしかして、まだ足りない?」
「うん、あのさ、白玉あんみつも食べて見たいんだけど駄目? 父さんがここの美味しいって言ってたから気になって」
薙くんは、今度は繊細な表情で目元を染めていた。
そうか、お父さんが好きなものに興味があるんだね。
「いいよ。追加オーダーしても」
「洋さんは?」
「俺はこれ以上食べると、丈の美味しいご飯が食べられなくなるから遠慮しとくよ」
「はは、やっぱり惚気てるなぁ、愛されているって、顔に書いてあるよ」
「えぇ?」
自分でも驚くほど大きな声と明るい笑みが零れた。
薙くんと接していると、俺も明るくなれる。
いい方向に、変われるみたいだ。
失った道を、やり直しているような気分になるよ。
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