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蛍雪の窓 14

 カタカタ――  早朝、隣の部屋から妙な物音がしたのでそっと覗くと、納戸にしている部屋に翠がいた。  俺が来たことには気付かず、何かを必死に探している。 「……おかしいな。どこかな?」  どうやら納戸の棚の上に、何かあるらしい。  一生懸命背伸びをしている様子が愛らしいな。 「あ……あれだ。んー 届かないなぁ」  可愛い兄が精一杯背伸びをしても、手を伸ばしても、お目当ての白い箱には残念ながら手が届かない。  俺がヒョイと取ってやってもいいが、それじゃ翠が不満だろう。 「どれっ」  背後から翠の腰をキュッと掴んで、抱き上げてやった。 「わ! 流か! 驚いたよ」 「おはよう。翠、どれだ? 届きそうか」 「もう少し右だよ」 「そらっ」 「届いた」  宝物を手に入れたように喜ぶ翠。  おいおい、その箱には何が入っている?  と、ヤキモチだ。  あー俺、とうとう物にまで妬くようになった。  末期症状だ。  翠一筋、一生、翠一筋だ。  降ろそうとすると、逆にしがみつかれた。  積極的だなぁ、翠。   「少しだけこのままでいて。なぁ……流はいつもこんな世界を見ているのか」 「ん? 何だ?」 「目線が上になると、世界が違って見えるね」 「翠しか見えていないさ」 「も、もう――」  今度は身を捩って降りたがる。 「何を見つけたんだ?」 「あ……これ……今なら受け取ってくれるかなと」 「?」 「流に以前贈ったネクタイなんだよ」 「え?」 「せっかく銀座を走り回って見つけたのに、受け取ってもらえなくて」 「そ、そんな罪なことをしたか」  過去の俺を殴りたい気分だ。  そうだ! どんな時も変わらず翠は俺のために誕生日プレゼントを贈ってくれた。なのに、当時の俺は無下なことばかり。 「こんなの渡したら、僕たちの辛い時期を思い出してしまうが、それでもして欲しくてね。実は……これは薙が10歳の時に一緒に選んだものなんだ。あの頃、月に1度、薙と面会していただろう。薙……会ってもあまり話してくれなかったが、流のことだけは、反応が良くて。誕生日プレゼントを一緒に選ぼうと誘ったら、張り切ってくれたんだよ。だから……今日の卒業式にしていってあげてくれないか」  このネクタイに、そんな過程があったなんて。  薙と翠が一緒に選んでくれたネクタイ。  そんなものが存在するなんて。 「開けてもいいか」 「留紺《とまりこん》という色だよ」  これ以上濃く染めようがないという意味の濃い紺色のネクタイだった。 「もちろんだよ。心が離れてしまっていた辛い時期を思い出すかもしれないが、今を見ておくれ。僕たちの距離はこんなにも近い」  チュッと、翠からのくちづけを受ける。  淡いくちづけが、朝日に溶けていく。   「俺は忘れない。すれ違った日々があったことを忘れずにいたい。それすらも、今は大切な思い出になっている。そうだ……翠、卒業おめでとう」 「え? 卒業するのは薙で、僕じゃないよ」 「いや、翠もだ。中学生の父親、お疲れさん。義務教育も終わるから一旦仕切ろう」 「あ……そういう意味か。うん……いろいろあったが、今日という日を迎えられてよかったよ」  

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