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花を咲かせる風 6

「おばあさま、今日はありがとうございました」  白金台のお屋敷に、車は静かに到着した。 「ようちゃん、今日は泊まっていって欲しいし、せめてお茶でも……そう思うけれども、今日はお帰りなさい」 「おばあさま?」 「お家の方が心配して待っているわ。今日は翠さんの息子さんの卒業お祝いをするのでしょう?」 「あ、はい」 「ふふ。ようちゃんはね、もう一員なのよ。あの月影寺のお家の子になったのよ」 「おばあさま」  おばあさまが俺の手をギュッと握って、微笑んで下さる。 「だから私は……安心してあなたをお家に帰すことが出来るの」 「今日はありがとうございました。俺……おばあさまが今日、あのタイミングで来て下さって救われました」  今の俺は、もうひとりではない。  最愛の丈、優しい月影寺の皆、俺に会いに来てくれるおばあさまがいる。 「……ようちゃん、あなたは愛されているのよ。自信を持って……皆、寛容で尊い愛であなたを包んでいるの」  おばあさまの言葉は、どこまでも清らかで澄んでいる。   あの人から、執拗で歪んだ愛を押しつけられていた暗黒時代。  その過去を消すことは出来ない。  だが、こうやって温かい愛を注いでくれる人がいるだけで、俺は生きて行ける。 「では、帰りますね」 「あ……待って。ようちゃん、寂しい時や悲しい時、辛い時は私がいることを忘れないで。一緒に泣きましょう。悲しみましょう……そして最後は微笑みましょうね」 「はい!」 「あ、運転手さんに送ってもらいなさい。夜道は危険よ」 「おばあさま、そんな」 「ようちゃん、私に甘えて」 「はい……」  俺は結局、帰りも車に乗せてもらった。  月影寺に着くと、運転手さんに丁寧にお礼を言い、山門へ続く階段を上った。  一歩、一歩踏みしめる。  ここが俺の家、俺の場所。  そう実感しながら。 「洋?」  階段を上っていると、背後から渋い声が聞えた。  最愛の人の声に、胸が震える。 「丈……今、帰ったのか」 「あぁ、遅くなってすまない」 「……」  今日のこと。  どこから……何をどう話せばいいのか分からない。  ただ、ただ……丈に会えて嬉しかった。 「洋は、どこかに行っていたのか」 「あぁ、今戻った所だよ。丈、ただいま!」 「機嫌が良さそうだな。さてはおばあさまとデートか」 「え? なんで分かった?」 「先ほど品川ナンバーの車とすれ違ったからさ」 「すごい眼力だな」 「はは、私は手だけでなく目も良いようだ」  丈の視線が、俺を射貫く。  同時に、俺の機嫌がいいのが伝わったようで、丈も上機嫌になる。 「丈……早く離れに戻ろう! 今日、すごくいい物を見つけたんだ。丈に最初に見せたい」  俺は子供のようにはしゃいで、丈の手をグイグイと引っ張った。    今の俺には、嬉しさを分かち合える人がいる。  俺の悲しみも切なさも……全部知っている丈だから、全てを預けられる。  

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