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花を咲かせる風 50
「おー、ここだ! 俺の翠山~」
「りゅ、流! 声が大きいよ」
「なんだか流さんが一番はしゃいでいるな」
薙が笑うと、皆も笑う。
いつの間にか薙も、輪の中にいる。
「さぁ、今日は僕が奢るから、沢山お食べ」
「いいのか、翠」
「あぁ、とにかく流の飢えを満たして欲しいんだ」
「翠~ そんなあからさまに」
流が何故か顔を赤くしている。
「い、いいから。何にする?」
冷静に、冷静に。
そう思うのに愛しい流が迎えに来てくれたことが、僕もどうやら、相当嬉しいようだ。
「僕は……あ、この猫ちゃんのがいい」
「抹茶の3Dラテアートか。翠は猫が好きだもんな」
「あ……翠さん、俺も同じです」
「洋くん、一緒に飲もう」
「えぇ」
結局、流と薙は抹茶わらび餅と宇治抹茶パフェをダブルで頼んでいた。
丈は、お抹茶を優雅に飲んでいる。
「それにしても、この店、どこもかしこも翠の色だな」
「あ……うん」
~宇治抹茶の高貴な翠《みどり》。 その香りと味わいをご堪能下さい~
お店のキャッチコピーに照れ臭くなる。
まるで流へのお品書きのようだ。って僕……何を考えて。
「翠という名前をつけてくれた母さんに感謝するよ」
「僕も、自分の名前が好きだよ」
流に翠と呼んでもらうのが、大好きだ。
昔からそう呼ばれる度に、密かに心が震えた。
ずっと……ずっと呼んでもらいたかった名前だったんだな。
「父さん。オレもさ、この旅行で自分の名前がもっと好きになったよ。薙って『薙ぎ払う』とか『薙ぎ倒す』って、少し怖い印象だったけど……『道を切り開く』という意味の方が強いのと思えるようになったよ」
薙が口の端にアイスをつけながら、朗らかに笑っている。
「薙、アイスがついているよ」
「あ! ははっ、これ、すげー うまくって、興奮してた」
豪快に手の甲で口をぐいっと拭いて、大きな口で抹茶パフェを食べる様子に、育ち盛りなのだなぁとしみじみと思う。
「薙、今、身長どの位?」
「んー そろそろ170cmに届くかな」
「まだまだ伸びそうだね」
「父さんは抜かすよ。流さんには追いつきたい」
「くすっ、そうか。うん……もっと伸びるといいね」
どんどん成長するといい。
僕の背を抜かしていいよ。
どんな姿になっても、薙は薙だ。
僕と流の大切な息子だ。
茶寮で、和やかな時を過ごした。
皆、少し放心したような安堵したような……何ともいえない表情を浮かべていた。
「さぁ、そろそろ帰ろう」
僕が立ち上がれば、皆も立ち上がる。
「翠さん、北鎌倉に戻りましょう」
「洋くんも疲れただろう」
「いろいろ……驚くことばかりでした。でも……大切な人を得ることが出来ました」
洋くんは少し上気した頬で、満足気に微笑んだ。
「そうだよね。伯父さんが見つかってよかったね」
「はい……まさか俺まで……お寺と縁があるなんて驚きました」
「そこは僕も嬉しかったな。これから洋くんの存在が頼もしいよ」
「これもご縁です。これからは翠さんの仏門の方のお手伝いも少しさせて下さい」
「頼もしいよ」
帰りの新幹線で、洋くんと薙と丈は三人掛けに座り、僕は流と二人掛けに座った。
「翠も疲れただろう?」
「……流が来てくれたから……気が抜けてしまったんだ」
「可愛いことを。ほら、俺にもたれろ」
「うん」
湖翠さんが望んだ未来は、ここにある。
あなたの無念があるから、今がある。
あなたの願いがあるから、今がある。
……
「流水、流水……どこにいるんだ?」
ここに迎えに来て欲しい。
僕は京都にいる。
僕らの可愛い弟、夕凪が逝ってしまったんだ。
夕凪を荼毘し、一人うら寂しく北鎌倉に戻らねばならない。
今、汽車の中にいる。
お願いだ。
僕の隣に座ってくれないか。
僕に肩を貸してくれないか。
流水にもたれたい。
どんなに待っても、流水はもう戻って来ない。
それを知っていても……願ってしまう。
この肉体では駄目なのか。
今生ではもう会えないのか。
……
湖翠さんの嘆きが、僕を通り抜けていく。
洋くんが背負ってきたものを手放せたように、僕もこうやって湖翠さんの無念を晴らすことにより、肩の荷をおろせるのかもしれない。
「あ! どうしよう。小森くんにお土産を買い忘れた」
「はは、車内販売で阿倍野餅でも買っておけばいい」
「それでいいの?」
「あいつは、あんこならなんでも食いつくさ~」
「ふふ、小森くんの存在には癒やされるね」
隣では、薙と洋くんが楽しそうに話しており、それを丈が目を細めて見守っている。
皆、傍にいる。
僕の大切な人はここにいる。
笑顔の花が、咲いている。
僕らは……夕凪色の空の下を通過していく。
さぁ戻ろう。
僕らの月影寺に!
『花を咲かせる風』 了
お知らせ
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『花を咲かせる風』は、ちょうど50話で了となりました。
『夕凪の空 京の香り』との邂逅はいかがでしたか。連続50話……私も毎日コツコツ頑張りましたよ。久しぶりに『輪廻転生』『邂逅』と盛り沢山でしたね。『重なる月』らしさ、醍醐味を感じていただけたのなら、幸いです。
ここでキリが良いので『重なる月』の定期連載を、少しお休みをいただこうと思います。なかなか丈の開業話に辿り着かなくて申し訳ありません。(丈、ごめんね💦)
『重なる月』は、これからようやく薙の高校生活編本番です。丈の開業など書くことも沢山ありますので、同人誌の作業が終わる頃には必ず再開します。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
追伸
私はいつもエブリスタメインで活動しています。
fujossyさんで読んだ下さる読者さま、ありがとうございます。もしよろしければ、ここまでの感想など置いていただけたら、今後もこちらのサイトで更新する励みになります。
志生帆 海より
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