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新春特別番外編 雪の毛布 6
「東弥くん、静留くん、また遊びにおいで。春は桜が見事だし、新緑の薫風も爽やかで良いよ」
「ぜひ、また静留とお邪魔させて下さい」
「いっきゅうさん……また会いたいです」
「うん、僕もだよ」
可愛く手を振る静留くんの素直な笑顔に、僕も流も和やかな心地になった。
「さてと、今日は小森はもう勤めはいいよな」
「そうだね。愛しい人がようやく来てくれたのだから」
「よし、ちょっくら食いしん坊な二人に差し入れてやるか」
「また、あんこ?」
「ははっ、菅野くんがそれではしんどいだろう。差し入れはおでんだ。朝から仕込んでおいたんだ」
「おでん! 僕も好きだよ」
「知ってる。夜は二人で楽しもう」
流が僕の肩にポンと手を置いてくれる。
待ちに待った来客が帰ってしまった後の寂しさを、理解してくれているのだ。
僕は本当は寂しがり屋で人との別れが苦手なのを、流は知っている。
これは遠い昔、僕が湖翠さんだった頃の名残なのか。生涯、心の中で流水さんを探し求めたからなのか。
もうこの世では大丈夫なはずなのに。
世の中は日々動いていく。
季節も移ろぎ、目の前の景色も変わっていく。同じ日が一日もないことは知っているけれども、流だけはいかなる時も僕の前に変わらずにいてくれる。
良いことや楽しいことはいつかは終わってしまうことに、恐怖を抱く僕の胸を優しく撫でて口づけで溶かし……僕の身体を暖めてくれる。
それが僕の流だ!
その晩は離れの茶室で、流と緩やかな時を共にした。
お盆には流が丹誠込めて作ってくれたおでんと、京都から取り寄せた『翠』という日本酒の熱燗が置かれている。
流が障子ににじり寄り、雪見障子をカタンとあげる。
雪の上に新雪が重なって、白い世界がどこまでも広がっていた。
「見渡す限り、雪景色だね」
月明かりはなくとも、雪が世界を照らしているようだ。
「翠……少し飲むか。身体が温まるぞ」
「うん、あ、熱っ」
「貸せ。冷ましてやる。翠は相変わらず猫舌だな」
「……ありがとう」
膝を突き合わせ杯を交わせば、すぐに親密な空気が流れ出す。
「今日は雪見酒だね」
「おでんもどうだ?」
熱燗を飲み終わると、今度はふぅふぅ息を吹きかけ冷ましてくれたおでんを口に放り込まれた。
「どうだ? 旨いか」
「うん、味が染みていて、美味しいよ」
箸を置いた途端、流に抱き寄せられ、着衣のまま身体を隈なく撫でられた。
「翠は触り心地がいいな」
「そうやって撫で回して、僕の姿を記憶したのか」
「ん……何のことだ?」
目を閉じると、雪の中に横たわる僕を模した雪像がふわりと浮かんできた。
「流、どうして……あんな物を作った?」
雪に横たわる僕は静かに目を閉じており、浴衣がはだけ、胸元が露わになっていた。しかも首元には淡い桃色の花びらが散っていた。花の色は今も僕の身体に留まるものと同じだ。
「いやだったか」
「……恥ずかしかった」
「事後の朝の匂いが立ち込めていたからか」
「あ、あんな姿を見せるのは流だけなのに……人に見られてしまった」
「悪かった。覆い隠すシートを探しているうちに、先に静留くんたちが到着してしまったのさ。俺が抱いた翌朝の、その……翠が美し過ぎて手が勝手に動いて作ってしまったんだ。衝動に駆られて、雪で翠の美を表現したくなってな。翠に煽られたんだ。許せよ」
そっと浴衣を肩から下に降ろされる。
肩も胸元も、何もかも露わになってしまう。
敷かれた布団に押し倒され、流が覆い被さってくる。
「俺の翠、抱いてもいいか。許してくれないと、あの雪像を抱く羽目になる」
「くすっ、何を言って……」
流から見た僕の姿。
あんな形で客観的に自分の身体を見るには恥ずかしかったが、雪像に込められた愛の深さに、密かに感動したんだよ。
僕以上に僕を知るのが流だ。
「翠、今宵も翠の中へ誘ってくれよ」
「ん……」
僕は自ら腰を少し浮かし、足をそろりと広げる。
こんな行為は、流にしか出来ない。
「流、生身の僕を抱いてくれ」
「翠、惜しげもなく……何もかも俺に見せてくれるのか」
「流だから……僕の愛する流だから」
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