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翠雨の後 39 

「ふぅ、やっと全部干し終わったな」 「バスタオルが8枚もあるなんて……大変、お手数お掛けしました」  空の洗濯カゴを持った涼が、真っ赤な顔で恐縮しているのが、可愛かった。 「気にするな。それよりすっかり元気になったな」 「うん、大好きな兄さんに朝からべったり出来て嬉しいよ」 「ふっ、涼は甘えん坊だな」 「そうかな? 僕が甘えるのは洋兄さん限定だよ」 「ふぅん、俺だけでいいの?」 「あ、あと……安志さんもだよ」  今度は耳朶まで真っ赤になる。 「はは、涼は耳まで真っ赤だな」 「兄さん~」 「よしよし、素直でいいぞ」  涼は俺より10歳も年下だから、まだまだ言動が幼い。そこに庇護欲をかきたてられるのかもしれない。  俺は月影寺に来てから、丈だけでなく、翠さんと流さんにも手厚く守られていたので、誰かを守りたいという気持ちになるのは新鮮だ。 「そういえば、薙くんと仲良くなったようだな」 「うん! 彼、いいね! 気が合いそうだよ」 「よかった。薙くんは大人の中で過ごすことが多いから、年が近い涼がいてくれると心強いよ」 「僕……ちゃんと洋兄さんの役に立っている?」  涼の澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられたので、俺はコクンと頷いた。  感情を素直に表現するのは相変わらず苦手だが、涼の素直さに引っ張られる。 「俺は……涼がいてくれるだけで、嬉しいさ」 「兄さん‼ サンキュー! ハグしよ~」  涼がガバッと抱きついてきたので、勢いに押されて芝生に尻もちをついてしまった。 「イタタ……」 「兄さん、大好きだよ~」 「わっ! 涼くすぐったい」  まるで洋犬と戯れているようで、俺も声に出して笑ってしまった。 「ははっ!」 「あ……兄さんが白い歯を見せて笑うの、すごくいい。兄さんもっと笑ってよ」 「わ、よせ!」  コチョコチョと脇腹を擽られて、身を捩った。  擽ったくて涙が出る。  丈以外に身体に直接触れられるのは苦手だが、涼は別だ。  俺の分身のような存在だから。 「兄さーん、僕、洗濯干したら、腹減った~」 「もう?」 「そう! もう!」 「困ったな。今日は流さんがいないのに……」  適当に近くのコンビニで買ってこようと思っていたとは、言えなかった。 「じゃあ何か作ろうよ! 一緒にみんなの分も作ったら喜ばれるんじゃないかな? 僕、ニューヨークにいた頃はよくサマーキャンプに行って自炊していたんだ。ハンバーガーで良かったら得意だよ」 「涼の手料理なら、期待出来そうだな。おいで、庫裡にはいつもだいたいの材料が揃っているから」  そんなわけで、俺と涼は仲良くエプロンをつけて、ハンバーガーを作ることにした。 「そうだ! 三人が入学式から帰ってきたら、庭でガーデンパーティーをしようよ!」 「ガーデンパーティー?」 「そっ! アメリカではよくガレージでハンバーガーのパテを焼いて、気軽なパーティーをしたよ」 「あぁ、そういうの……聞いたことがある」  俺は参加したことはなかった。  人付き合いが苦手だったし、周りも遠巻きに見ているだけで、誘われることはなかった。 「じゃあ、ここでしようよ!」 「そうか、ここですればいいのか」 「そうだよ! さぁ、準備スタート!」 ****  入学式の後は、校庭に新入生が集まり、クラス毎の集合写真を撮った。  薙はどこだろう?  あ、後ろの列にいた。  いつの間にかあんなに大きくなって。  月影寺にやってきた時は、まだ幼さも残っており、僕よりずっと背も低かったのに。  子供の成長は嬉しいものだね。 「これで入学式も無事に終わるね」 「翠、今日はこのまま薙と一緒に帰れるようだが、昼飯どうする? どこかに寄っていくか」 「いや、もう月影寺に戻ろう」  僕がそう伝えると、流も意を汲んでくれた。 「確かに、腹を空かせた子達がいるしな」 「それに、あんこに飢えた小坊主くんもね」 「チッ! 翠は相変わらず小森に甘いな」 「あの子は健気で可愛いからね。月下庵茶屋に寄ってもいいか」 「よし! 今日はめでたい日だから饅頭でも買うか」 「いいね。晴れの日を皆で賑やかに過ごせるのは嬉しいよ」  来た道を、来たメンバーで和やかに帰る。  そんな当たり前のことが、しみじみと嬉しかった。  遠い昔、叶わなかった夢は、こうやって叶えていくのだ。         

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