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天つ風 21

「流、面白かったね」  俺の隣で、翠が珍しく興奮で顔を紅潮させていた。  応援にかなり力が入ったようで、リネンシャツを更に腕捲りして、額にはうっすら汗をかいていた。  袈裟を着ている時は、感情の起伏を見せず、汗すらも隠し通す男のくせに。 「はぁ~ なんだか暑いね。なんだか爽快な気分だよ」  せっかく留めてやった首元のボタンを外して、胸元の生地を掴んでパタパタと仰ぐ姿に、目眩がした。  げげ!    そんなことすんなよ。そんな色っぽい表情すんなよ。  俺が必死に押さえ込んでいる息子が反応すんだろー!  慌てて明後日の方向を向くと、翠に制された。 「流、見当違いの方を見ているよ。薙はあっちだよ」 「お、おう!」  競技が終わり退場していった。  薙は誰よりも輝いて見えた(親の贔屓目かもしれないが、美しい子だ)  この後は暫く出番がないようだから、俺はトイレに行くことにした。 「ちょっくらトイレ。翠も行くか」 「僕は後で行くよ。この場所、見やすいからキープしておきたくて」  へぇ珍しいな、自己犠牲の塊だった翠の独占欲。  いい傾向だ。  翠は昔から周囲に気を遣い過ぎて、自分自身はいつも後回しにしてしまう。  あの時も……翠はそうやって一番辛かったのは翠自身だったのに、俺や両親、あげくに達哉さんにまで気を遣って……周囲を庇ってしまった。  何より一番に俺を庇ってくれた。  あの頃……俺たちはまだまだ青かった。  お互いに……自分が決めた道を押し通すことしか、道がないと思い込んでいた。  だが……もうそんなのは遠い昔だ。  アイツとは、ハッキリけりをつけた。  もう――俺たちの世界には近づけない。  翠の放つ結界は強く気高い。  翠は本当に心が強くなった。 「そうか、じゃあ大人しく待っていてくれ」 「うん」  ここは高校のグラウンドだ。  さっと目を光らすが、怪しい奴はいない。遠巻きに俺たちをチラチラ見ていた母親軍団が、翠の端麗な美しさに目を奪われているようだが、俺が近づくなオーラを出しておいたので大丈夫だろう。  ダシュッで保護者用トイレに駆け込んだ。  ふぅ~ 間に合った。  しかしまぁ、俺もいい年なのに相変わらず衰え知らずだよな。  思春期かよ!と突っ込みたくなる。  すっきりした顔でトイレを出ると、人とぶつかりそうになった。  俺と同じくらいのガタイだ。 「お、お前、流じゃないか」 「先生! 久しぶりです。元気そうですね」 「ほぉ、今日『伝説のR』に会えるとはな。高校に来るなんてどういう風の吹き回しだ?」 「甥っ子が入学したんですよ」 「あー 1年に張矢って名字の子がいたな。偉いイケメンで大人気だぞ」 「ふふふ、俺の甥っ子ですから」  そう言えば、俺は卒業後『伝説のR』と呼ばれていたらしい。  干物屋のおばちゃんが先日興奮してやってきて教えてくれたのさ。 「懐かしいな、お前がしでかしたことは、何故か武勇伝として伝説になっているぞ」 「あー まぁ、いろいろしましたよね。そうだ、先生、昼飯食う時、屋上に行ってもいいですか」  普段は鍵がかかっているのでダメ元で聞いてみると、意外な返事が返ってきた。 「いいぞ、もともと今日は特別に屋上と体育館を保護者用の昼食スペースとして開放する予定だからな」 「体育館は分かるが、屋上は暑いっすよ?」 「だが、海がよく見えて絶景だろ。保護者サービスだ」 「確かに!」 「一昨年、改装工事をしてフェンスで囲ったんだ。今は部活動でも使っているから安全面でも問題ない」 「へぇ、色々変わっちまったんですね」  俺は先生の目を盗んで、屋上でサボって親の呼び出しを食らっていたのにな。  卒業して……だいぶ経った。  知らないうちに馴染みの場所が変化しているのが、少しだけ寂しくなってしまった。  すると先生が笑いながら背中をバンバン叩いてくれた。 「だが海の青さも空の青さも当時のままだろ」 「確かに」 「流、時は流れるものだ。その中でどう生きるかだぞ」 「はい!」  そうだ、俺の名前は流。  流れゆく、この時の中で、ただ一人の人を愛するためにこの世に生まれたのさ。    

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