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天つ風 22

 先生と別れて急いで翠の元に戻ると、鉄棒の前で背筋をスッと伸ばして立っていた。  そう言えば袈裟を着る前から、いつも姿勢のよい兄だったな。  それは翠の持って生まれた一本気な性格を表しているようで、俺はこの兄が真っ直ぐ歩んで行けるように、兄を脅かすものを全部薙ぎ払ってやりたかった。  だが……俺が足枷になってしまった。  そこから数々の失敗に加え、一番翠が俺が必要とした時に、突き飛ばすような真似をしちまったんだよな。    だからこそ肝に銘じている。  もう二度と道は踏み外さない。  翠の気高さを、薙と二人で支えて行く覚悟だ。  俺が近づくと気配を察したのか、翠は自然と振り向いて、柔らかい笑みを浮かべてくれた。 「流、お帰り、遅かったね」 「あぁ、待たせたな。先生に会って喋っていたんだ」 「そうだったのか。この学校の先生にはお世話になったから懐かしいよ。散々呼び出されたからね」 「……あーそっか、そうだったよな」  高校時代にいろいろしでかして、頻繁に親が呼び出された。  最初は母が来てくれたが、そのうち兄が来るようになった。母も忙しい人だったし、兄の言うことなら聞くと思ったのだろう。  俺も断然、兄の方が嬉しかった。  兄はいつもすぐに学校にやってきて、先生に丁寧に謝ってくれ、一緒に帰った。  そして、よく甘味を奢ってくれた。 …… 「流、沢山お食べ」 「……」 「食べないの?」 「食べる!」 「いい食べっぷりだね、お代わりもする?」 「する!」 「いいよ、バイト代が入ったばかりだからね」 「悪いよ」 「流にご馳走したくてやっているようなものだから、いいんだよ」  兄は学校でした悪戯を咎めはせずに、いつも俺の腹をたっぷり満たしてくれた。 「あのさ、なんで怒らない?」 「うーん、楽しそうでいいなって言ったら不謹慎かな? だって干物を焼いたり、海辺で筏を作ったり、奇想天外過ぎて、くすっ、くす」  あの頃……雲の間から日が差すように、兄弟らしく肩を揺らす時間もあったんだな。  いがみあっていただけじゃない。 …… 「流、僕ね……この学校には楽しい思い出が一杯あったよ。流を迎えに行くの楽しみだった。だから不謹慎だが母に頼まれると嬉しくてね、バイト代を握りしめて駆けつけたんだ」  翠が悪戯な笑顔で告白めいたことを言う。 「あの時、どうしていつも俺を満腹にさせようと?」  翠が少し頬を染める。 「それは……流、満腹になるとすごくいい表情をするから、それが見たかったんだ」 「ふーん、今はどうだ? 今も俺は翠が見たい表情をしているか」 「うん、毎晩のように……あっ、何を言わせるんだ?」 「へへ、毎晩ご馳走さん!」 「流は……くすっ……でもそれが流だね。豪快で奔放な流だ」  兄が笑う。  心の底から笑ってくれる。  それが嬉しいぜ! 「そろそろ次の競技だぞ。次は三人四脚だってさ」 「よし、また応援に行こう!」  俺たちはワクワクした気持ちで、また薙の姿を探した。  

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