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はじまり 6
夢を見ていた。
それは何度も何度も繰り返し見てしまう、いつもの悪夢だった。
俺は見知らぬ男に追いかけられ、壁に追い詰められ両手を拘束され、無理やりに唇を奪われる。それは生臭い蛭のように俺の唇に吸いつき蠢いてきて、気持ち悪い。夢の中でも吐き気が込み上げてくるほどだ。
そして俺の衣類が一枚一枚と、見知らぬ男の手によって脱がされていく。
「嫌だっやめろ!」
俺の身体は拘束されて全く動かず、見知らぬ男のニヤリと笑う口元だけが見えるだけ。その男は俺の身体中に唇を這わせ、手を這わしていく。俺のあらゆる部分に……信じられない場所にまで!
いつもなら目が覚めるまで永遠に続くこの悪夢。
なのに今日は急に白く明るい光が差し込んできた。
俺の汚く濡れた唇を温かい手でそっと拭い、無理やりに脱がされた服のボタンを優しく留めて、俺をそっと抱きしめてくれる優しい手が見えた。
「……誰だ?」
大丈夫……君は汚れてなんかいない。
いつまでも消せない辛い過去を引きずっているのだな。
もう……私がすべてを消し去ってやりたい。
必死に生きてきた君の心を、今日からは私の想いで満たしていきたいよ。
だから安心して今は深く眠れ。
君はひどく疲れている。
夢の中で、確かにその声の主は優しく温かくそう囁いてくれた。その声に導かれるように、俺は深い眠りへと落ちて行った。
****
深い眠りから目覚めると、一瞬俺は自分がどこにいるのか分からなかった。 白い清潔な布団に包まっている自分に驚き、とっさにちゃんと服を着ているか手で確かめてしまった。衣類を身に着けていることに安堵し、見慣れぬ光景に辺りを見回した。
「ここはどこだ?」
ふと横を見ると、同居人の男が心配そうに俺の顔を覗き込んで座っていた。
「あっ……俺、どうしてここに?」
「やれやれ参ったな、君は何も覚えていないのか」
「……」
「車で出社する途中に吐いて貧血を起こして大変だったのだが」
「えっ俺が?」
そう言われてみると、車を途中で停めてもらって吐き気が我慢できなくなって、それから……
「あっ!」
すべてが遠い記憶のように感じていたが、現実だったことに気付き赤面した。
「……悪い、迷惑をかけた」
「いや大丈夫だ。君は……汚れていないよ」
俺はその言葉にドキッとした。それは夢の中で俺に声をかけてくれたあの光、あの手の持ち主がかけてくれた言葉と同じだったから。
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