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雨に濡れて 2
「悪い。俺……やっぱり地下鉄で行くよ。車は酔うから本当に駄目なんだ」
玄関先で車に同乗するように丈に誘われたが、俺はやはり車に乗るのが怖くて、首を横に振ってしまった。そんないつものやりとりが、今朝も玄関先で繰り広げられた。
地下鉄も憂鬱だが、車はあの一件でまた気持ち悪くなって倒れたりしたら、いよいよ会社で噂の的になってしまうので、少し強がって丈の優しい申し出を断った。
「分かった。気を付けて行けよ」
「……うん」
****
私は冷静を装って洋を送り出したものの、どうにも落ち着かない。
くそっ!これじゃいつまで経っても洋と一緒に出掛けられない。同じテラスハウスに住んでいるのに、こんな風にバラバラな行動をしなくてもいいのでは……消化不良の想いが募ったこともあり、とうとう車のキーをポケットに押し込み、洋の後をこっそり追いかけてみた。
まったく……私は洋の保護者か。
それとも何なのだ?
思わず自分の行動に苦笑してしまった。
駅に向けて少し重そうな足取りで歩いて行く洋の後ろ姿をそっと見つめた。
彼の柔らかな黒髪が陽に透けて輝いて見える。タイトなグレーのスーツを、洋の華奢な躰はこの上なく上品に着こなし、後姿だけでも綺麗な男だと分かる。
本当に男なのに綺麗すぎるな、君は……。
道を通りすぎる男も女も洋の顔をちらっと見て少し顔を赤らめ、その品の良い美しさに驚いていくのが分かる。振り返って見つめている男もいるほどだ。
なるほど。毎日こんな調子では洋も男に警戒するはずだと、妙に納得してしまった。
駅のホームで地下鉄を待つ洋を少し遠くから見つめると、少し苦しく切なそうな顔をしていた。そして地下鉄のドアが開くと何かを決心したような顔を浮かべたまま人波に押され、かき消されていく姿に急に不安を覚えた。
このまま私の眼の前から消えていなくなってしまうのではと思わせる儚げな雰囲気だった。だから慌てて私も同じ車両に乗り、少し離れたところから見守ることにした。すると満員電車で身動きが取れない中、洋は人混みに埋もれ、しばらくすると少し頬を赤らめ苦しそうな顔をし始めた。
その表情は人混みに埋もれた苦しさだけではないような気がして、急に不安になった。
どうした?
本当に大丈夫なのか。
何かされていないか。
今すぐに近くに寄って君を守ってやりたいのに、満員電車の人混みがそれを許さない。
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