「はぁ……んっ」 　暁香の吐息があがり徐々に私に躰を預けてくる。いつもならこのまま部屋へ連れ込み、雪崩れ込むようにお互いの身体を求め絡め貪りあうのだが、今日は己を上手く高められない。 　私が洋を傷つけてしまったのだ……すまない。 　洋……君は今どうしている？ 　全身ずぶ濡れだったが、ちゃんと着替えただろうか。 　捨て猫のように哀しげな瞳の洋の姿が浮かんでは消えていく。 　私はとうとう意を決して、暁香の躰をグイっと離した。 「すまない。今日はそういう気分じゃない。悪いが……」 「えっ？」 　興奮しきった暁香は途中でやめられて一瞬もどかしそうな表情を浮かべたが、すぐにいつものクールな顔に戻った。 「まぁ丈ってば、あなた……もしかして本気で好きな人が出来たの？」 「……」 「今日のところは許してあげるわよ。でも、ねぇ……教えてよ。私よりイイ女？」 「……家まで送るよ」 ＊＊＊＊ 　暁香のマンションの前で別れた後、車の速度を上げ急いでテラスハウスへ戻った。玄関を開けると洋の靴が乱暴に脱ぎ捨てられていた。 　いつもはきちんと揃えているのに…… 　全身びしょ濡れだったせいで、洋の歩いた場所に水滴が残っていた。それを辿って行くと、まっすぐと洋の部屋へと向かっていた。 「洋……いるのか」 　ノックをしても返事がない。だが……耳を澄ますと微かな嗚咽が聞こえて来た。泣いているのか。思い切ってドアを開けると、びしょ濡れの服を躰に張り付けたままベッドに仰向けに横たわる洋がいた。その表情は酷く頼りなく怯えていた。一体どうした？ 「洋、大丈夫か」 　シーツの上に投げ出された手をそっと握ってやると小刻みに震えている。濡れた服も着替えず、あのままずっとここで泣いていたのか。 「……だっ誰？」 　朦朧と彷徨う手を握りしめてやり、私の胸にかき抱いてやる。初めて抱きしめて感じたのは、想像よりも細い身体に細い腰…… 　突然庇護欲のようなものがぶわっと沸き上がり、たまらなく切ない気持ちになった。一体なんだ。この感情を何と呼べばいい？