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つづき
向かい側のハル母は困った顔をして居心地悪そうに座っている。それ俺も同じ気持ちですよ、お母様。ということで隣のテーブルを指差して「移りますか?」と誘ってみたら、ニッコリ笑って腰を浮かした。ふむ、笑顔がハルそっくり(いや、ハルがそっくりなのだが)
「なんだかすいません。夢中になったら他が見えなくなる人で。でも一気に機嫌がよくなったので、高村さんの存在で安心したんじゃないかしら。
あ、ごめんなさい、そういう意味じゃなくて……若いオーナーさんだったから。
でも先ほどのお話伺って、息子がここに居たいって思った気持ちがわかりました」
「そうですか?」
「ええ、家にいても落ち着く場所じゃないって雰囲気なんですよね。仕方がないと思います。主人とは距離を保って友好関係を継続しているって感じがありありで。
主人は息子としてかわいいと思っているのに男の人はこういう所が下手で困ります。
村崎さんは本当に息子を必要としてくれているのがわかりました。やっぱり自分を必要だと言ってくれる人の傍にいたいですよね」
「俺だけじゃないですよ。飯塚もサトルも、そしてお客さんもハルが大好きです。ちゃんと預かります、変な虫なんか蹴散らしてやりますよ」
「お料理美味しかった、ほっとしますよね、お店の雰囲気もお料理も。ギスギスしていたらこんなふうになりませんもの。近所にあったら毎日来たいくらいです」
「たまには来てください。ハルは今経験を積んで、日々成長しています。どんどん頼りになる存在になりつつある。いつもの面子以外でもそれを感じて言ってあげる人がいると励みになると思いませんか?
札幌に来たときは寄ってください。コーヒーだけでも大歓迎ですから」
ハル母は緊張がいっきに解けたように身体の力を抜いた。考えてみれば、高校生の時いきなり知らない人間に怒鳴りこまれて、あんたの子供に息子を誑かされたと聞かされたわけだ。それを収めるために、息子を一人暮らしさせるはめになり何となく家族に生まれた距離。その関係のままに就職の時期を迎え、レストランで働くと聞かされれば心配するのが当然だろう。
「弟が結婚して子供を作れば家は続いていくからいいだろうなんて言うんです。別に血筋を守るなんていう由緒正しい家でもなんでもありません。そんなことより、幸せになってくれることが一番嬉しいことなのに。
でも今日息子の顔を見て安心しました。実家に戻った時より幸せそうです」
「それは違うと思いますよ。ハルはいいこです。それってちゃんと育てられたからですよね。愛情を充分貰って生きてきた。だからちゃんと人の想いを受け止めることができる。 俺達といるほうが家族といるより幸せなんてこと、ありませんよ。ここにいれば、自分の事に拘る必要がないから楽なんでしょう。家族といるとどうしても自分と向き合うことになって、自分を責めるのかもしれませんね。ハルがたまに言う「僕なんか」的な発言がその根っこかもしれません。その度に「なんか」って言うなって言う事にしています。
俺の知り合いに同性のカップルがいますが、いたって自然。好きな者同士が一緒にいるって姿にしかみえません。当人同士も幸せそうだしね。
異性を好きになる人間からしてみればハルは異質かもしれませんが、逆からみれば異性愛のほうが異質になる。
どんなハルでもハルだって、自慢の息子だって言い続けてあげればいいと思います。
そう言ってもらえるだけの価値を持っていますよ、ハルは」
ハル母はハンカチをとりだして目元を拭ったあと、綺麗な笑顔を浮かべてくれた。いちおう俺の言いたかったことは伝わったかな。
「村崎さん、とっても素敵な方ですね」
「え?ハルのお母さん……?」
「広美です」
「はあ……広美さん……ですか」
「息子を宜しくお願いします。どんどん叱ってやってください。
おっしゃる通りたまにはここに顔を見に来ます、主人も正明の弟も連れて。少しずつ距離をもとに戻して、互いの幸せを素直に喜べるような家族になります」
キラキラした目で決意を語る広美さんは、ハルとほんと同じ顔。サトルにサーバーの手ほどきをうけていた時もそうだった。知らないことに出逢ったとき、ハルが必要だと伝えたときもそう。好奇心旺盛で素直、でも少し強がる意地っ張り。
「こちらこそ宜しくお願いします」
心配そうにしているハルを手招きする。テーブルの脇に来て笑顔の広美さんを見て、ほっとした顔になる。
「いい人達に出逢ったのね。ここで自分のしたいことをすればいいわ」
「いいの?電話ではイマイチな反応だったけど」
「ええ、村崎さんの言葉で考えが変わったし、何より本当に正明を大事に想ってくれているのがわかった。
俊明とお父さんも引っ張りだして、たまにはここに顔を見に来ることにするわね。
美味しいもの食べる理由ができたし、来なくていいよって言われるくらいきちゃうかもよ」
「ミネさん?いったい何を言ってこんなすんなりまとめたんですか」
「ふふん。俺を信用しろっていっただろ?本気の俺はなかなか出来る男なのだよ」
「ここのスタッフさんは素敵な人ばかりだけど、私は村崎さんが断然好みだわ」
「広美……さん?」
なにを唐突に、それにすずさんバリの素敵な笑顔を大盤振る舞いしてらっしゃるの?
「ミネさん!広美さんってなんですか」
でましたハルの地べた這いずる声!(うかれるタイミングじゃないね)
「広美って呼んでね的な?呼ばないといけない感じな?俺はずっと「ハルのお母さん」と呼んでいてだね、疾しいことはなにもない!」
「名前呼んでくれって頼まれて即OKですか?守備範囲広いとは予想していましたけど、僕の母親ですよ?
てか母さんもだよ!なにかわいい女子みたいなオネダリしてるの!」
オネダリってイケない言葉っぽく聞こえませんか?考えすぎですね、そうですね。
「まあ、まあ、広美も愛想のない俺よりも、オーナーさんのような人に名前を呼ばれる方が嬉しいだろう、そのくらい許してやれ。正明頑張れよ」
ハル父が隣のテーブルからにこやかにそう言った。「うまいこといってよかったな」的なニヤリ顔はもちろんおじさん。ええ助かりましたよ。でも大部分は俺が頑張ったと思いませんか?ですよね?俺、頑張ったよね?
「母さん、ここに頻繁に来るってさ。たまには父さんも一緒についてこないとミネさんに盗られちゃうかもよ」
そっぽを向きながらそんな事を父親に言ってハルは少しだけほっぺを赤くした。少しだけ瞳が大きくなったハル父は笑顔を浮かべる。北川家がきっかけをみつけたのかもしれない。きっかけがSABUROだってことに意味がある。
それはここで頑張っていく俺達全員がこの場所を守っていく、その理由になるのだから。
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