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つづき
結婚を望んでいないし子供を欲しいと思ったことは無い。それは武本も同じで、何度か会話の中にでてきたことだが、それが変わることはなかった。いずれにしても望んだところで俺達には一生無理。だからこそ武本の存在を大事にしたいと常に思っている。
自分達の子供ではないけれど、立派に武本と血がつながっている子供……皆の子供。
「生まれたら会いに行っていいですか?」
「当たり前だよ、こないとヤキだからな」
なんともいえないフワフワした気持ちのままシャンプーされ、ドライヤーで乾かされる。鏡に映る顔は締まりがないが仕方がない。嬉しい?楽しい?喜び?どれも違うような気もするし、そうだという気もする。掴み切れない感覚に戸惑うが手放したくない。
「ワックスを手にとったら、少し水分を加えるといいよ」
そう言いながら手のひらのワックスに霧吹きをふきかけて、両手で揉みこんだ。トップの髪をスタイリングしはじめると、みるみる髪が動きだし今まで一度もしたことのないスタイルになった。
「毛の流れに逆らわずに動きがでるようにしたから、黙っていてもランダムに動きのある形になる。乾かして今みたいにワックスをつけてチョチョっとしたら出来上がるから。
やっぱりさ、料理人は短髪がいい。ここに来る前は相当モッサリだったって実感しただろ」
ニンマリされて、その通りだと思った。今までのおまかせはいったい何だったのか。
「ヨシさん、戻ってきてくださいよ。田舎にひっこんでないで」
近づいてきた美容師は俺の髪をまじまじと見ながら言った。
「だ~め。幼稚園に通うちびっこから80代まで沢山の人が僕のお客さんになってくれた。ここではできない経験の毎日だからね、それを手放す気はない。
ようやく僕の居場所をみつけたんだ、お前らは自分の腕を磨きなさい」
「へ~い」
「衛、中休みに引っ張り出して悪かったな。おいおい、いらね~~よ!」
椅子から立ち上がって財布をとりだしたら、そんなことを言われた。お金払いたい気分なんですが。
「いや、そういうわけには」
「そういうわけに、いくの。今晩の予約よろしくな」
「あの……」
「なに?」
「貴方の事、なんて呼んだらいいのかと」
「ん~そうだな」
改めて俺の髪型に満足したのか、にっこり笑ってほっぺたをペチペチされた。
「両親と紗江は由樹って呼ぶからダメ。ハルがタケさんって呼ぶからそれもダメ。
サトはよし兄って呼ぶ」
武本さん?いやそれは、武本とかぶるしややこしい、ヨシキさん?これが無難だろうか。
「だから衛も「よし兄」でいいんじゃないの?僕の弟なんだし」
「え?」
「こんな男前が弟で得した気分。ほれ、仕事に戻りな。僕はこいつらに指導をしてやる約束だから」
笑顔を浮かべて俺の背中を押す。またあのフワフワした感覚に包まれた。振り向くとバイバイと手を振って照れくさそうに笑っていた。軽く会釈を返して歩き出す、店に向かって。
絶対できないと思っていた「兄」が俺にできた。その存在によって、俺と武本は「家族」になった……そんな気がした。
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