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つづき
「直美、家に行かずに直できたのか?」
「だって、家に帰ったら出る気がしなくなりそうで。でも絶対食べたかったから直行よ」
大き目のキャリーをゴロゴロさせて待ち合わせ場所に来た私をみて、章吾は呆れたように言った。
関空から千歳に飛び、速さより楽をとってバスで市内まで移動してきた。JRは15分に1本でているし40分弱で札幌駅に着く。でもキャリーをもって階段を上り下りするより、バスに積み込んで座っているだけのほうが断然楽ちん。1時間以上かかっても問題ない、どのみち章吾だって定時であがることはないから。
結構私達は忙しい仕事の毎日で、一緒に住んでいるといっても顔を見ない日も多い。四六時中一緒にいるわけじゃないから上手くいっているのかもしれないね、いつも二人でその結論に辿りつくから互いの時間の使い方に口を出すことは無い。
今日は絶対SABUROに行きたかった。立ち食い弁当やチェーン店の居酒屋にコリゴリ。
身体に優しく美味しい食事を心も身体も求めていた。
章吾は仕事を切り上げても大丈夫だったので久しぶりにデート(ただの食事と言われちゃったら、それまでだけど)
美味しいものを食べるデートなんだから、疲れた顔を貼り付けたままじゃいけない。ゴロゴロ転がしていたキャリーは章吾が持ってくれた。「持つよ」そんなことを言わないのがいい。当たり前にしてくれると嬉しいよね。
「いらっしゃいませ。あ、こんばんは!」
ハル君、君のその笑顔を見ただけで疲れが飛んで行くような気がするわ。手際もよくなったし、真摯な接客は時々感動してしまう。押し付けがましくなく、さりげなく。笑顔と心遣い、うちの営業に研修してくれないかしら。
そしてもう一人、ハル君より少し大人の眼鏡君が入店した。福眼材料が増えて、ますますこの店の女性客を喜ばせることになっている彼。おっとりしているその柔らかさが心を癒すのよ。料理を運んでいる途中だったハル君にかわって、眼鏡君がテーブルに案内してくれる。ええと、名前なんだったけ。
「キャリーはレジ脇に置いておきますね」
章吾からキャリーを受け取り運んでくれた。
メニューのおすすめを見て思い出す。そうそう「トア君」だった。前に聞いたんだった、本名から二文字とって実巳君がつけた呼び名だったはず。
厨房をみると二人が忙しく立ち働いていた。視線を感じたのか実巳君が顔をあげて私を見た。 嬉しそうに手をふってくれたから私もブンブン振った。店内の女子客の視線がいっきに私に注がれる。うわっ、ちょっと怖い。
でも私の向かいに座る章吾に目をやって彼女たちの表情が緩む。ええ、下心はありませんよ、私は料理とスタッフの大ファンってだけで、狙ったりしてません。
「メニューの上から下まで全部食べたい!そんな気分。でも無理だから残念」
章吾はおかしそうに笑って私の手の甲をつっついた。
「たまには違うもの食べてみれば?直美はいっつもラグーのパスタとカボチャと豆のサラダだろ。ワインを一本あけて、もう一皿なにか頼もうか悩んで結局頼まない」
「今日もラグーは食べる。絶対食べる」
何も頼んでいないのに赤ワインのボトルが運ばれてきた。トア君がソムリエナイフをつかってコルクを開けてくれる。たぶんハル君か実巳君が持っていくように言ったのね。
「お話が聞こえてしまったので確認してまいりました。ハーフサイズOKもらいましたので、少しずつ色々なものを召し上がってください」
ト、トア君!!あああ来てよかった。ちょっとウルっときたわ、この疲れた身体に優しさが沁みこんじゃう。上から下まで全部食べたいを聞いて実巳君に確認してくれただなんて、惚れちゃいそう!
章吾と悩みながらオーダーを済ませてワインで乾杯した。
「それでお土産はなに?」
「蓬莱の肉まん」
「いいね。通販で買うほどでもないけど、土産でもらうと嬉しい」
「あと壺プリン。壺が何かに使えそうだったから」
「壺にいれる常備菜でも作るか、今度の休み」
「そうね、まずプリン食べなくちゃね」
美味しい料理と、なんてことのない会話。それがとっても嬉しくて癒される。
仕事は大変だし、時間と仕事量に押しつぶされそうになることもある。そんな毎日でも自分を救ってくれる場所や誰かがいてくれることがとても大切なことに思えた。
ハーフサイズの沢山の皿がテーブルにのって、美味しそうに食べる章吾が私の前にいる。
とっても大事。とっても大切。
そしてその事実を「SABURO」の存在が大きなものにしてくれる。やっぱりここは最高の場所。
誰にもおしえたくない、そんな場所。
END
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