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september 24.2015 ベランダの二人
「どうした?」
「どうもしない」
ベランダに座って外を眺めている俺に飯塚は何かあったのかと心配するように言った。ベッドから抜け出して、外を眺める姿をみれば心配もするだろう。目が覚めて、隣が空っぽであることに気がつき、探してみれば外を眺めている。そんな相手を見れば俺だって心配する。
夢を見て、なんとなく目が覚めて水を飲んだら少しだけ考えてみたくなっただけだ。
「夢をみたんだ」
「夢?」
飯塚は隣に移動してきて横に座った。
「ここに座ることができなくなるな。また冬がくる」
「もう少し先のことだ」
伸びてきた指先が俺の左手を捉えてしっかり握る。誰かの温かさに触れると自分が一人ではないことを実感できる。「誰か」ではないな、飯塚だけが教えてくれる。飯塚だけが持っている温かさ。
「石川と渡辺と、お前と4人で飲んでいる夢だった。そんな夢を見たのは、会社勤めもあと何日かって所だからかな。お前も見た?」
「いや、そういう和やかな夢は見なかった。でも夢は見た」
「どんな?」
飯塚の手に力がこもった。ギュっと握られる手は、離れるなと言っているようで応えるために力を抜く。
「俺達がバラバラになる夢。俺は目が覚めて逆夢だって自分に言い聞かせた。でも何回も同じ夢をみるから正夢で、自分が自分に警告していると思ったよ。武本がくれた包丁の箱に手を伸ばして、その確かな存在に安心した。ずっと一緒に仕事をしていたのに無くなる、その不安だったのかもしれない」
俺も怖かった。正明がくれた万年筆が気持ちを上げてくれたけれど、いいようのない不安は消えることがなかった。
あの頃はまだ気持ちを確かめる前だったし、飯塚が溜め込んだシャツの事も知らなかった。包丁とシャツの交換か……懐かしいな。
「夢は情報処理の過程で生み出されるものらしいよ」
「情報処理?」
「そう。毎日膨大な情報量が脳に蓄積される。そして寝ている間に脳が選別するみたいだね。残しておくものと忘れることにするものと。たぶん、その頃の不安が反映したのが俺達の別離で、脳はそれをいらないと判断したんだ。何回も見たってことは、それだけ大きい不安だってことになる。
逢いたいと思う人の夢はあまり見ないだろ?それは忘れたくないからだし、記憶を薄れさせたくないからだよ。夢で逢えたらと思っても、なかなか逢えない」
「そう考えると、あの夢も悪いものだと思えないな」
「それに今隣にいてくれるから夢はいらない」
ギュウと握られていた指の力が抜けた。柔らかく包み込まれた自分の手は不安が消えた飯塚の心のようだ。しっかり掴んでいなくても離れていかないだろう?そう言われているみたいだ。離れるわけないだろ、そんなこと無理だ。
「充さんにバレた時はびびったな」
「充さんって呼ぶ必要あるのか?」
「しょうがないだろ、牽制だって言われたらそう呼ぶしかない」
飯塚と一緒にいるようになってから、どうにも自分に向けられる視線に違和感を覚えることが多くなった。同性からの少しヌルっとした視線、伺うような底に何かを秘めた視線。課長の知り合い何人かに逢ったときにも同様で、ある時から下の名前で俺を呼べと言われた。
「牽制だな」それしか説明されなかったけれど充分だ。闇討ちにあうくらいなら、課長の御手付きだと思われる方がずっとマシ。
「俺も課長じゃなく「充さん」にしようかな」
「それもアリだな」
心配したってしょうがない、飯塚の顔は万人を惹きつける。いっそうのことお面でもかぶってくれればいいのにと考えたところで、そんなバカバカしいことは通らない。そんなくだらないことを考えてしまう自分は相当にイカれている。
俺にだけ見せる顔が沢山あるから、それを心に刻んで大丈夫だと言い聞かせる。飯塚に言わせると、同じような心配の種を俺自身も持っているらしい。
お互いに心配して、大丈夫だという証をつねに求めるのだから、二人とも恋に翻弄された馬鹿者だ。
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