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november.9.2015  二人の誕生会 <朝>

「明日の宴会に備えて今日はサクっと寝よう」 理がそんなことを言ったので、二人で缶ビールを一缶ずつのんで眠りについた。 そして朝。 だいたい俺達は朝6:00すぎに目が覚める。目が覚めて理がモゾモゾするまでの時間、そしてモゾモゾしてから理の様子を背中越しに見るのが好きだ。俺はいつも理より遅く目が覚めたふりをする。 目をあけてから俺の様子を伺い寝ていることを確認する。理にまわしている俺の腕から手の甲まで指で辿ったあと、そっと手のひらを重ねてひとつため息をつく。 それからは何かを考えたりしているのだろう、時にクスっと笑ったりするから、寝たふりも結構大変だ。 お返しに、手のひらで理の存在を確かめる仕草と寝ぼけたフリをしながら「おはよう」とともにうなじにキスを落す。くすぐったそうに首をすくめるから腕に力がこもってしまうのも毎朝のことだ。 でも今日は、それをやっていると間に合わなくなるから、うなじにキスだけしてベッドからそっと抜け出した。 リビングのストーブをつけたあとまっすぐキッチンにむかう。リクエストの牛テールをやっつけなくてはならない。 オーブンの予熱をいれたあと、昨日の夜のうちにワインとハーブにつけ込んでおいたテールを取り出しペーパーで水気をふきとる。 まずは肉の両面を丁寧に焼き付けた。煮込み用の平鍋で赤ワインのアルコールをとばし、肉を入れる。肉を焼いたあとのフライパンをペーパーでふき取り、野菜をいためる。玉ねぎ・人参・セロリ、この3種を炒めて加えれば、どの料理もそれらしくなる必須アイテムだ。カレーやシチュー、スープ、ボロネーゼ、様々ソース。この3種類の野菜が冷蔵庫になければ、俺は絶対作らない。(切らしたことはないが) 炒めた野菜は鍋に移し、レードル一杯ぶんのブイヨンをフライパンにいれて熱する。これはフライパンの表面についた旨みをヘラでこそげ落してスープに溶かす作業。これをするとしないとじゃ出来が変ってくる大事な一手間だ。フライパンの中身を鍋にあけてローリエとブイヨンを1カップ程度加えて蓋をしてオーブンにいれた。これで3時間ほど放置。 手間がかかる工程はあるが、基本煮込み系は放っておけるから楽な面もある。洗い物をして振り返ると理が立っていた。 「おはよ、早いな」 「テールの面倒をみなくちゃいけなかったからな。おはよう」 なんとなく不満げな理の顔に満足して、濡れた手をタオルで拭きながら入口にむかった。タオルは肩にかけて理をギュウと抱きしめる。 「なんだよもう。目が覚めたらいないから。上半身裸で料理すんなよ。油がはねるぞ」 「だな、何か所かチリチリした」 「ええ?どこ」 理は俺の肩をムンズと掴むと体を半回転させた後、胸から臍にかけて点検しだした。ピチっと何か所か油がはねたのは確かだけど、火傷するほどのものではない。 「大丈夫そうだな」 「もっとよく見ていいぞ。俺の身体は俺のものだけど、ある意味理のものでもあるから」 「ん!なっ!」 ボフっと音がするくらいに勢いよく赤くなった理は「シャワー浴びる!バカ衛!」そう言い捨ててバスルームにパタパタ走って行った。 朝ベタベタしてなかった分を少し取り戻せたかな。やっぱり黙っておこう。理より早く目が覚めているなんて知られたら、何がなんでも先に起きようとするだろう。 アラームの電子音で目が覚める朝はいらない。俺が黙っていれば、今までどおりの二人の朝の時間が流れていく。 そう、それがいい。 理が朝いちばんに俺の腕を触って確かめる、俺は寝ぼけて手のひらに力を込める。 そうやって朝がきて、また夜眠りにつけばいいだけのことだ。 今日は週に一回の休みだから、することはそれなりにある。掃除をして洗濯をして、買い出しにいく。あ、午前中は宅配がくるから作業の分担が必要だな。 寝室に戻れば案の定、ベッドの上掛けが放り投げたようにグチャグチャになっていた。いつものようにベッドメイクをして一日のスタート。 今日もいい日になるだろう、いつも以上に気持ちのいい朝だ。 シャアァァァァ カーテンを引きあけると、寒い時期特有の白い色がみえそうな空気と景色が目に入る。いい天気だ。 今日もいい日にしよう、そして理と嬉しいを重ねよう!

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