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つづき
「それ、何に使うかわかった?」
「いや全然わかんない。このガラスはデキャンタだろ?えらく潰れたフラスコみたいな形だ。これならちょっと手がぶつかったくらいじゃひっくり返らないだろうな。で、このステンレスのジョウゴみたいの、初めて見た」
「じゃあ、準備しよう。北川のプレゼントあけなくちゃ」
「あ~そうだ、そうだ。正明プレゼント」
紙袋から取り出し包みをあければ木箱。
「へえ~。うわっ、これすっごい薄い!」
ペアのワイングラスは「うすはり」というネーミングのとおり、とても薄いグラスだった。北川は去年の万年筆といい、なかなかいい所をついてくる。
「これ、足がないから、ひっくり返る心配が少ないな」
「ひっくり返るって所から離れろよ」
「いつも使っているグラスで飲むより、ずっと美味しく飲めそうだ。やるな正明」
この前ここに来たとき、俺達が普通のグラスにワインを注いでいるのを見て、若干眉間に皺がよったのを目撃しているだけに、このプレゼントは納得だ。
「ちゃんとしたグラスで飲んでくださいよ、大人なんですから」そんな北川の言葉が聞こえてくるようだ。
「じゃあ、洗って準備してテールを仕上げよう」
グラスとデキャンタを綺麗に洗って拭きあげてからワインシャワーをデキャンタにセットする。
「これはワインを開かせる道具だよ」
「ワインを開く?」
「赤ワインは空気に触れて美味しくなる。でも俺達はそんな準備をするまえに飲んでしまうし、味が開く前に一本あけてしまうだろ?それをより美味しく飲むための道具」
ワインシャワーには穴があいているから、注いだワインが四方八方に広がりながらデキャンタの縁から下に溜まっていく仕組みだ。表面積を増した液体がどんどん空気にふれてデキャンタに収まっていく。プレゼントにもらった大きいボトルの半分がデキャンタに移った。
「よし、これで準備は万端。料理を仕上げて飲もうぜ」
「おう!飲む飲む、食べる!」
「かんぱ~い」
「誕生日おめでとう」
「もう、何回目?衛も誕生月おめでとう!」
「ありがとう。じゃあまず、ボトルのワインを飲んでみよう」
半分残っているボトルのワインを少しだけグラスに注いだ。コクンと一口飲んだ理は首をかしげている。
「まあ、普通にうまい。ケチンボだな、こんなちょびっとかよ」
「何言ってんだよ、テイスティングだって。じゃあ、今度はこっち」
デキャンタの中身を空になったグラスに注ぐ。同じくコクンと一口。
「うわ!うわあ!なんだこれ!格段に旨い!同じワインとは思えない!」
「だろ?」
「おお~。これさえあればワインが旨くなるわけね。これはいい!俺達みたいにすぐ飲んじゃう人間にぴったりなアイテムだね。これはまさしく俺達には必須アイテムだ。
うわ、嬉しいな。それに全部ワイン絡みのプレゼントで、皆の気持ちも俺達の想いも全部嬉しいな」
「ああ、そのとおりだな」
「いただきます!うううぅぅぅぅ、相変わらずすっげ~~うまい。美味しすぎる!ありがとう、衛!」
満面の笑みを浮かべる理。そうやって笑顔を俺にくれるたびに「ありがとう」と心の中で言ってしまう。沢山の喜びと嬉しいと楽しい、それを重ねる為なら俺はなんだってできる。
理が傍にいてくれれば、なんだってできる。
出逢えたことに、一緒にいることに、ありがとう理。
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