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つづき
バスタブの中にいる理は名残を洗い流してしまったようで、スッキリとした顔をしていた。もう少し見ていたかったと悔やんでも理はそういう男だ。ベタベタしたところがなくサッパリとした性格と行動力。
ベッドからバスルームに至るまでの僅かの時間、その時に見せる無防備さを知っているのは自分だけだ。
身体を洗ってバスタブの中で向かい合う。
「今、何時?」
「四時過ぎだった。暗くなりはじめたよ」
「もう今日が終わっちゃう」
「いつもなら夜の営業を準備している頃だ。まだ今日は残っているよ」
「ん、そうだね」
「腹減ってないか?」
「今は色々満腹な感じだけど、きっと減ると思う。六時くらいになったら絶対お腹が鳴ると思うよ。ワインはまだ沢山あるし。ローズマリーのクラッカーにチーズをのせて食べよう。奮発したプロシュートも残っているし、ピザでも頼む?」
「ピザなら台だけ焼いて冷凍してある。好きな物をのせて焼こう。バジルも残っているからトマトソースをたっぷりで」
理はくるっと向きをかえ、俺の足の間に入り込んだ。背中越しに腕を回す。理は俺の腕を肘から指先までゆっくり辿り始める。
「この腕と、この手と指のおかげで、俺はいつも満腹だ」
それは料理のことを言っているのか?それとも?と言いそうになった言葉を飲み込む。せっか理から寄り添ってきたのだから、それをフイにする必要はない。
「お湯で背中があったかい。俺、背中があったかいの好きなんだ」
ああ、知っている。
「じゃあ、寝るときもこうやって寝よう。俺も理を抱きかかえていると安心する」
「ふ~ん」
気のないような抜けたフリの返答を見逃すことにして、毎朝のようにうなじに口づける。理は何も言わずに、身体を預けたまま俺の腕に自分の腕を重ねた。
「うん、これがいい」
「いい考えだから今日からそうしよう。逆上せる前に上がろうか。とりあえずビールで乾杯だ」
「そうだな。まだ俺達の今日は残っている」
「ああ、そのとおりだ」
時間が重なり日々が過ぎていく。大事なことは俺の腕の中に理がいること。理は背中から伝わる体温に心を寄せればいい。
二人の夜が更けていくとしても、その先には陽の光に導かれた朝が来る。冬がきても隣に存在する春がやがて来る。連鎖が紡ぎだす物、それは未来。
二人の刻は更けて満ちていく。この先もずっと。
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