185 / 271

november.18.2015  大丈夫

「あのさあ……」 理にしては歯切れが悪い。デキャンタにワインを移しながら俺の顔を見ないままの問いかけ。たぶん兄さんが言っていたことだろうと察しをつける。 時折、空に視線を投げかけ何かを考えていたのは知っているし、仕事も住所も変わったことをどう説明すべきか悩んでいたのだろう。近況報告にするべきなのか、もっと踏み込むものにするのか。 様々な状況を予測し、それに対する答えを探し続けていたはずだ。 こっちから水を向けようかと考えたこともあったが、理が自分から言い出すのを待つことにしたのだ。 「なに?」 テーブルの向こうから移動してこないから、お話タイムの始まりだ。 「衛は同居人ができたこと、親に言った?」 「言った」 「え?どんなふうに?」 「普通にだよ。元同僚が、また同僚になった。仕事は気に入っているが待遇面は前より落ちる。部屋も空いているからシェアして家賃を払ってもらうことにした。双方メリットになるし経済面も助かる。そう言った」 「そしたら?」 「ああそうか。あの物件はお前の名義にしたほうがいいだろうな。俺達が住むことは無いだろうし、美也子も同様だろうって」 「そうなんだ」 理は二つのグラスにワインを注ぎ、一つをこちら側に押した。それを受け取って一口含む。 「俺はルームシェア以上のことを伝えるつもりはない。27歳という年齢は、それなりの歳だ。親としての責任が消えることは一生ないが子育てという責任は充分果たして終わっている。それにうちの場合は、両親それぞれが別の家庭をもっているし、子育ての責任を継続中だ。そんな状況の中で、正月の挨拶でしか顔を合せない息子から、同性の恋人がいますと聞かされて何を生み出すのか。俺はそれを考えた」 「何を生み出すのか……か」 「そうだよ。困惑?やりきれない想い?理解できない悲しみ?息子の将来を憂う?なんでもいい、でもそこで「よかったな!」というものが生まれる可能性は怖ろしく低い。 俺が結婚に夢も希望も持ち合わせていないのは両親は知っている。結婚でもしてくれれば安心なんだけど、なんてことは一度も言われたことが無いしな」 「うん」 「俺にとって一番優先したいこと、それは理と一緒にいることなんだよ。男女の結婚生活のように互いの両親や親戚と家族ぐるみの付き合いをしたいわけじゃない。俺と理、このパーツがあればいい。 理と一緒にいることを選んだ先にあるもの、それがトラブルを抱えることになるなら回避する。 正直にいわないことが逃げていることにはならない。「嘘」と「言わないこと」は別物違だ。 親だけじゃない、友達にもそうだ。「最近どうだ?つきあってる相手はいるのか?」そう聞かれて「いる」と答えた先に予想できる質問の数々に俺は嘘をつくことになる。もしくは言わないことを重ねる。でも、それでいい。理と一緒にいられれば、それでいいんだ」 「明快だな。 俺は親に……なんていうのかな、打ち明けていないことが後ろめたい。その想いにずっと縛られていた。正明にね、打ち明けて自分が楽になりたいのなら言わないほうがいい。楽にならないし、現実は変わらないって。それに衛に相談したほうがいいって言われちゃってさ。 二人の事だっていうのに、俺はずっと一人で考えてた。なんかそれも嫌な感じだなって」 「それを言うなら、俺だって何の相談もなく親に報告したからお互い様だ」 「そうかな」 「理、そこでしょんぼりしてないで、こっち」 俺はソファの隣をポンポンと叩いた。心細げに座っている姿は見たくない。こっちにこなければ、俺が動けばいい。 理はノロノロと立ち上がって素直に隣に座った。

ともだちにシェアしよう!