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つづき

「髪を切ってもらいながら、同じような話をしたよ」 「よし兄と?」 「そう。どうやら昔の男が乗り込んできたらしい」 「ええ~!姉ちゃんの?」 「いや、兄さんの」 理はあからさまに嫌な顔をした。たぶん、そういうことだよ。そう言ってやりたかったが、自分で気が付くほうがいい。自分の姉の旦那、その昔の男と聞いて喜べないのが現実だ。昔の女であれば、こんな顔はしない。 「その男は紗江さんが諭して帰らせたらしい。『昔の自分のこと、お父さんとお母さんに打ち明けたほうがいいだろうか。これからもこんなことがあるかもしれないし』兄さんは紗江さんにそう聞いたって」 「俺と同じ……か」 「紗江さんの答えはこうだ。『由樹は隠し事をしたくないって気持ちかもしれないけど、打ち明けることは自己満足なんじゃないかな。 知らなくていい事を聞かされて、心を乱す側に何のメリットがあるかしら。よく考えてみて』そう言われて兄さんは言わないことにした」 「正明も言ったんだ。聞かされた側のこと考えたかって」 「こっからが兄さんらしい。『例えばだよ、お父さんとお母さんが「実は我々はSMによって愛を確かめる夫婦なんだよ。是非我々の愛のかたちを見てくれ」なんて頼まれてSMセックスシーンを見せられたら、どう思う?』って言うんだよ」 「よし兄、なに言ってんの。ひどい例えだ」 「同感」 「それで?」 「『俺はね、うわ~見たくなかった、知りたくなかった。優しいお父さんとお母さんでいてほしかった。そう思うわけ。だからね、言わないことにした。嘘をついているわけじゃない、親孝行の隠し事だよ』って。親孝行の隠し事って、それが心に残ってる」 「親孝行の隠し事……か」 「あくまでも俺と兄さんの考え方を言ったまでだよ」 俺はソファの上で体の向きを変え理に向きあい両手を握った。理はおとなしくされるままだったが、俺と同じように向き合う姿勢に位置を変えてくれた。 「理の結論が打ち明けるということなら、俺は何も言わない。理と一緒にご両親に逢いにいくよ。 隣に座って自分達のことを打ち明ける。その覚悟はあるんだ。だから理のしたいようにすればいい」 「衛……」 二人のだした結論が違ったとしても、それが俺達の距離にはならない。別々の人間が一緒にいることを続けるということ、それは何通りもの答えや疑問、そして価値観の違いを認めることだ。 違ったとしても、同じであったとしても、受け入れることが大事。そして違うということを素直に言いあえることだ。それを重ねることで尊重が生まれ信頼につながる。 俺は理と一緒にいるようになってから、それを学んだ。だから理の結論を尊重するしサポートをする。二人が一緒にいるためにできること、それをすることに何の抵抗もない。 「俺……親に言わないって決めたんだ。決めたことでモヤモヤは消えたけど、でもスッキリしないことには変わりなくてね。ちょっとグズグズしている。 でも正明やよし兄、そして衛の言ってくれたことを合わせると、この結論でよかったって思えた」 「そうか」 「ありがとう」 「いいよ、礼なんて」 「一緒に行くって言ってくれたじゃないか」 握っていた両手を引っ張れば簡単に理は腕の中におさまった。背中をトントン叩きながら耳元でそっと囁く。 「大丈夫だよ。俺達は大丈夫。理も大丈夫」 「……ん」 トントンと叩くたびに、理の身体から力が抜けて行く。 そうだよ、大丈夫だ。また後ろめたくなったり、スッキリしなければ言葉にすればいい。ちゃんと話し合って答えをみつけよう。 とんとん……トントン 俺達は大丈夫だよ、理。

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