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november.22.2015  大丈夫……その場所へ

 来てよかった。ちょっとした思いつきがきっかけだったけどこの宿を選んで正解。  料理は申し分なく美味しかった。当然和食と洋食では盛り付けも違えば皿も変わる。綺麗に盛られた料理の数々は衛をおおいに刺激したようだ。料理を作っている時と同じようにキラキラ光る瞳がそれを現していた。写真を熱心に撮り、いくつかメモをとり、食べて味わって、記憶して、使われた食材と調味料を探求する。頭の中がフル回転しているであろう姿をみれば、来たかいがあった。  勿論サービスの観察をすることを忘れていない。控えめかつ温かい接客を受けて、自分のサービスと比較した。さりげなく、おしつけがましくなく、ソフトでしなやか。それが俺の目指すスタイルだから接客される身になることは大事。やはり目指している形に間違いはない。そう思えただけでも充分成果があった。  部屋に戻りテーブルをはさんでソファに座ると、持ち込んだワインのボトルをあける。  誕生日プレゼントに衛が買ったデキャンタが割れてしまったら残念すぎる。だからワインシャワーだけ持っていくことにした。俺の行動を見ていた衛は呆れた顔で言った。 「その横着が帰ってきても継続されそうだな」 「う~ん、かもしれない。じゃあ衛がデキャンタに移す係りになってくれればいい」 「いつもしてるだろ?」  飯塚のおかげで食べたり飲んだりする心配をする必要がなくなった。随分甘やかされている実感はある。  でも二人が付き合う前から、衛は俺を甘やかしている。衛の家に初めて泊り朝食を作ってくれた時からずっと。変わらない衛の背中を見ながら思う。一人ぐらい甘えられる存在がいたっていいじゃないかと。  ワインシャワーをグラスにのせてワインを注いだ。デキャンタに比べたらグラスの表面積は僅かなものだ。これで味が開いているかはわからないが、ボトルから直接注ぐよりは美味しくなっていると思いたい。 「やっぱり駄目だ。家ではこの使い方は禁止」 「うん、ビジュアル的に美しくないね」  せっかくの誕生会だから「二人にとってのプレゼント」を持参したいというのが俺の本音。 正明のくれたグラスは薄いから移動中に割れるかもしれない。デキャンタだって同じだ。その点ステンレスのワインシャワーは壊れる心配がない。  衛は俺の本音をお見通しだろう。ワインシャワーを持っていくことに反対しなかったし浮かべたのは笑顔だったから。時に察しがいい男といると居心地が悪くなる。  そしてどちらともなくベッドルームに移動した。いつもと違う非日常の時間は二人の気持ちを昂ぶらせるには充分だったし、一面の窓の外にみえる自然と自分達しかいない。  二人を遮るものは何もない。そう、二人だけしか存在しない空間だった。

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