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12年……重ねた時間の目指す先 3
自分の店を持つ、それは案外簡単に手に入った。
23歳の頃、オーナーの息子に口説かれた。金持ちで優しい年上の男。断る理由はなにもない。そこからの2年間良好な関係は穏やかに続き、不満も不平もなく恋人と呼べる存在を得て有頂天だった。
しかし、それは突然終わりを告げる。
「跡取り息子であるから結婚しなくてはならない。紙切れ一枚のただの契約だ。俺が好きなのは弘毅だけだから」
色々なものがガラガラと崩れた。俺だけが好きなのに、何故女と結婚できるのか理解できなかったし、女を抱く男と寝なければならない意味がわからなかった。
家のためだよ、そう諭されたが、俺ではなく家を優先したことに変わりはない。ひどく馬鹿にされた気分になったし、結婚しても関係を継続しようという提案に頷くだろうと思われていることに腹が立った。
「親にぶちまけられたくなかったら、俺に店を一つくれればいい。それですべてをチャラにして、もう貴方には近づかないよ」
それに返ってきたのは「残念だね、君を失うのは……わかったよ」だった。
何が残念だ!怒鳴り返してやりたかったが、あくまでも冷静であるフリをしながら条件の取決めをして別れた。
別れとの引き換えに得た店 『bright』
男達の出逢いと別れ、遊びと会話。店にくればそれがあり、様々な年齢層や職種の男達が集った。ゲイであるという連帯感の中、夜毎繰り広げられる人間模様。
ギイは居場所を俺の店に定めて、場の中心にいた。俺は誰とも付き合うことをせず店主としての立ち位置を守り続けた。「自分の客に手はつけたくないから」その嘘は客達に真実としてうけとられ、密かな恋人の存在が囁かれている。でも皆間違っている。俺に恋人はいない。
男と別れた時、俺が感じたのは怒りと情けなさであり、悲しみも悔いもなかった。別れたくないと縋る気は全然わいてこなかった。
恋人という存在に浮かれていただけで恋をしていたのではなかった。必要とされていることに安心していただけだ。
寝入る少し前の時間。一人で少し飲みすぎたと水を飲む時。何もすることがなく部屋で過ごしている日。
その時フっと脳裏に浮かぶのは、階段に座った俺にふわりと笑いかけたギイの笑顔だ。腕をとって俺を引っ張り上げたギイの眼差しだ。
最初の瞬間から、親友である男は俺の中に潜りこんでいる。
男と別れて店を持てたのはラッキーだったが、いらないことにまで気付いてしまったのが残念だ。
俺以外の男と寝る節操なしのギイ。横でずっとそれを見守り続ける俺はそうとう自虐的だし、ドMなんじゃないか?
そのうち気持ちは枯れるだろう。そう信じてきたのに、まもなく俺は30歳になろうとしている。
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